やっぱり寂しい…

日曜日が愛猫の初七日だったんですが、愛猫を亡くしてから時間が経つのが遅く感じます。
まだ1週間しか経っていない。1日1日がとても長い。
本当は先週の火曜日に愛猫を動物病院へ連れていく予定でした。
でも火曜日を待たずに愛猫は亡くなり、先に愛猫の病院代に少し多く見積もって5万円を銀行からおろしていたんですが、その5万円は使うことなく未だに財布に入っています。
それで、私のペットロスはここまできたかと実感したのは、どうしてもその5万円を使う事ができないんです。
愛猫の治療費にあてる予定だったお金がそのまま財布に入っていて、いざ買い物をしようとするとどうしてもその中の一万円を使う事ができなくて、泣きそうになってくる状態です。
なんかね、治療費のお金を生活費にあてるとか、私用で欲しいものに使うとかできないんですよ。
もう使えないなら財布から抜いておこうかとも思ったんですが、それもできなくて財布に入ったまま。
時が止まったような感じですかね。
愛猫の診察券も取りやすいように1番上に入っていて、それも取り出せない。
最初の3日間くらいはもう涙が止まらなくて泣くだけ泣いて、その頃に比べると随分マシにはなったんですが、それでもやっぱり寂しい。
時々、服やソファーについている愛猫の毛を見つけるとやっぱり泣きそうになってきます。
一応掃除はしてるけど、まだ毛が残っていたとか、動物を飼った事がある方にはあるあるな話なんですが(苦笑)
そして、なぜかペットを亡くした方がよく言っている『鳴き声が聞こえた』とか『側にいる気配がする』とか、そういうのが私には全く感じられなくて、猫は死んだ事が分からないから暫く家にいると言うけど、愛猫は賢い子だったので案外直ぐに悟って旅立ったんじゃないかなと(苦笑)
そういうところは結構ドライな子だったので(笑)
それはそれで寂しいんですが、少しくらい気配を感じたかったなと(笑)
あれだけ甘えてきてベタベタして寂しがり屋だった癖にアイツ…!(笑)

人にしても動物にしても死んだら無になるという意見もありますが、私は輪廻転生は信じたいと思っています。
だってさ、私は見た事あまりないけど、本当に無になるならなぜ『幽霊』とかそんな話が昔からあるの?という話で。
無になるんだったら、幽霊なんて言葉自体存在しないはずですよね?だって無だから存在しないもの。
生まれ変わりの話だってそう。
小さな子供が前世の記憶を持っていて、その時の話を事細かく説明するとか。
有名な話だとタイタニックに乗船していた前世の記憶を持った子供の話ですかね。

そんな訳で科学や常識では説明できない事もあると思う。
輪廻転生はあると思う。
きっといつかまた愛猫の生まれ変わりに会えると信じる。
そう信じた方が辛い気持ちも楽になるし、毎日頑張ろうって思える。
愛猫との楽しかった時間を思い出せるようになるし、涙も出なくなってくるんだよね。
時々、ふとした事で思い出して泣いてしまう事はあっても、それはそれでそれだけ大切にしていたって事だと私は思うんだよね。
悲しんでいたら成仏できないと言うなら、大切な家族を失って泣くのはそんなにいけない事なの?と私は思う。
大切であればある程、失った時の衝撃は計り知れない。
寂しくて悲しくて泣くという事は、それだけかけがえのない家族だったって事だよね。
その子を想ってその子の為に泣く涙なら、きっとそれだけ大切されていたんだなとペットちゃんにも気持ちが届くような気がする。
でも、無気力になってしまったり体調を崩してしまう程に重症なペットロスだったら心配して成仏できないだろうなと思います。
泣きたい時は思いっきり泣けば良いけど、体調を崩すのは良くない。
それはペットちゃんは望んでいない事だと思う。
自分と立場を入れ替えて考えてみてと言いたい。
もし自分が死んで、家族が嘆き悲しんで体調まで崩した姿をあなたは見たいですか?
自分のせいで家族をこんな状態にしてしまった。と思ったらきっと自分を責めるでしょうね。
心配で心配で、もう自分を責めながら心配してその場から離れられなくなると思う。
私は愛猫にそんな状態にはさせたくないので、悲しむ時は悲しむけど体調は崩さないように毎日頑張ろうって思えた。
それに元気でいたらきっといつかまた会えると思うし。
もし生きている内に会えなかったとしてもきっと自分がちゃんとした人生を歩んで寿命が尽きた時に会えると思っています。
この考えを馬鹿にしたい人は馬鹿にすればいい。
でも信じる信じないはその人の自由なので、否定する権利はないはず。
でも信じる者は救われるんだよ。
そのおかげで私も重度なペットロスにならずに済んだ。
おめでたい奴とか何とでも言ってくれて結構。
耳塞いで聞こえないフリしておきますので(笑)



ペットロスについて

ネットで色々調べてしまう私がいます。
虹の橋へ渡ったという表現が気持ち悪いとか、ペットロスになる人はペットを飼うなとか色々と。
これに関してはそもそもの考え方が私とは違う人なんだろうと思っています。
あくまでも愛玩動物だと割り切れる人はペットロスにはならないんじゃないですか?
私は一緒に過ごしてきた日々の中で愛玩動物だなんて割り切れない人間なので。
今でも寝る前になると涙が出ます。
それでも私はまだ軽度のペットロスだろうと思います。
本当に重症な人は後追いまで考えるらしいので。
ただ、愛猫を看取って、悲しくて時には居ない事がとても辛い。
それでも、こんな思いするなら飼わなければよかったとかもう2度と動物は飼わないとは全く思わないです。
カイは4番目の子でしたが、初めて私から猫を飼いたいと自ら求めて愛護センターまで行って迎え入れた子なんですよね。
それまでの子は野良で私の後をついてきて、もう可愛くて家に招き入れた子だったんです。
どの子もちゃんと家猫になってくれて、元々野良だった事もあり外へ出たがって完全室内飼いは難しく、ご飯の時と寝る時だけ家に帰ってくる子ばかりでした(笑)
それでもその子達も可愛くて、それぞれに良い所もあった。
そんな中、カイは今までの子と違ったんですよね。
外が怖くて、玄関を開けても外には出ない子でした。
臆病で甘えん坊で人が好きで自分から寄って行くような賢い子でした。
普通、猫ちゃんって警戒心が強くて知らない人が家に来ようものならどこかに隠れたりするんだよね(笑)
前に少し書いた、母が飼っていたパグちゃんですが、初めてカイとパグちゃんと会った時、カイは威嚇するどころか寄って行っていました(笑)
パグちゃんも優しい子だったのですぐに仲良くなっていましたね。
カイの譲渡時に愛護センターの職員さんが「この子はサービス精神旺盛な子なんですよ」
と言って私に渡してくれたんですが、あぁ、サービス精神旺盛ってこういう事だったんだ。とクスリと笑った事を覚えています。
夫にもすぐに懐いて2人で大切に育てた子だったんです。
さすがに今はまだ別の子の事は考えられませんが、もしまた縁があれば会えるかなと思っています。
これもし夫が動物嫌いだったら早々に夫婦仲最悪になっていたと思う(笑)
私は子供ができない体なので、ペットを愛玩動物ではなく我が子のように育てて、それでも先に亡くなってしまうのは分かっているけど人間と一緒にするなと心ない言葉を言う人を理解できません。
そういう人もいるんですよと、ペットロスを理解できない人に言いたいです。

そして何度かペットロスを経験してきた私ですが、もし身近にペットロスになっている方がいれば、「泣いてばかりいるとペットちゃんも成仏できないよ」とか「いつまで泣いてんの!元気出して!」とか「一緒にいて幸せだったでしょ?悲しんでばかりいるとペットちゃんが可哀想だよ」とかそういう言葉はかけないであげて欲しい。
その言葉が余計に悲しくなるんですよね。
きっとその人も頭では分かっているんだけど、やっぱり悲しいものは悲しいし、涙を堪え切れない時だってあるんです。
そういう言葉をかけても大丈夫なのはペットロスを克服しつつある人には有効だと思います。
まだペットロス真っ最中な方はもしかしたら泣いてしまうかもという理由で自分からペットちゃんの話はしないと思いますが、もし自分からペットちゃんの話を切り出した時は、ただその人の話を聞いてその人に同調してあげて下さい。
心の中では「理解できないな」と思ってもその人の前では理解できないなんて言わずに、ただ同調してあげて欲しい。
話を切り出したという事は相手の事を信用して切り出したんだと思うので。

誰かに話せば少し気持ちが楽になる事もあります。
でも否定されるともっと深く沈んでしまって塞ぎ込む可能性もあるんですよね。
私の場合は動物好きな夫だったので、私が泣きながら話をしても分かってるよと同調してくれるので、まだ軽度なペットロスで済んだのだと思う。
寧ろカイが亡くなった日、夫も泣きました。
夫が泣くのを見たのは初めてだったので少し驚いたんですが、2人で思いっきり泣いて気持ちが少し軽くなりまして。
話ができる相手がいるのといないのとでは全く違う。
もし話ができる人がいなくて1人で抱え込んでいるなら、もう泣きたい時に思いっきり泣けばいいと思う。
我慢なんてする事ないと思う。
それが人前で誰かが呆れた顔をしていたとしても、そんな事気にする事ないと思うよ。
涙が出るんだから仕方がない。
そして涙が出そうになるのを必死に堪えて我慢すればする程、何故か涙が余計に溢れるんだよね。厄介な事に(笑)
それでも何とか堪え切れたとしても、今度は目が真っ赤になっちゃってもう周りにはバレバレだからね(笑)
どうせバレてるなら素直に泣けばいい。
ペットロスで我慢できずに泣いてる時は私の場合は誰かに声をかけて貰いたいとか優しい言葉を誰かに言って欲しいとかじゃないんだよ。
どちらかと言えば、もう無視していて欲しいくらい(笑)
それでも「どうしたの?」と声をかけてくれる人もいると思う。というか絶対1人は必ずいる。
その時は素直にペットちゃんが亡くなって悲しいという旨は伝えるけど、同調してただ話を聞いてくれるだけで良いんだよね。
今のところ会社では泣いていませんが(笑)
忙しくて涙どころか仕事こなすのに必死w
カイの事を考える暇がありませんがなw
なので家にいると、どうしてもふとした時に涙が出るんだよね。
その時はもう思いっきり泣きます。
シクシクなんてもんじゃなく、もう自分が納得するまでとことん泣く。
鼻水出ようがおかまいなしw
涙が出なくなるまで泣くと少しだけ気持ちが落ち着くので。
夫には申し訳ないと思っているんだけど、何も責めたりもせず、その時は私の背中をさすってくれたり「ほらもう鼻水出てるでー」とか言いながらティッシュを持ってきてくれたり、時には何も言わず近くに寄り添っていてくれます。
何も言わずに寄り添ってって、まるでペットみたいだなとか、わんわん泣きながら心の中で冷静に思ったりするとまたカイを思い出して更に泣くという悪循環に陥る時もあったり(笑)
今はこうやってカイの事を思い出してブログを更新していても涙は出なくなりました。
こうやってペットロスは克服していくんだなと改めて思う。
思っていた程長引く事はなさそうだなと自己分析しました。
それでも49日まではカイの事を偲ぼうと思います。
まだ、カイの事で完全に涙が出なくなったという訳ではないので(苦笑)

まだ悲しみが癒えない…

やっぱり普段いた子が突然居なくなるのは違和感がありますね。
私の事だから一日中泣いてるんじゃないかと思っていましたがそんな事はなく、普通に会話をしたりはできるんですが、ふと突然悲しくなり涙が出る感じです。
いつまでも悲しんでいたら愛猫が成仏できないと言うけど悲しいものは悲しいし、泣かないでおこうと思っていても涙が出てくるんですよ。
甘えん坊な子だったから今でも私の足元にまとわりついているんじゃないかとかそんな事を考えて涙が止まらなくなります。
火葬は合同にしました。
遺骨を置いておくべきではないと判断したのと、甘えん坊だったから他の子と一緒の方が寂しくないだろうと思って。
私としてはお骨を手元に置いておきたかった気持ちもあるんですが、余計に成仏できない気がして最後のお別れをする時に少しだけ尻尾の毛を切って置いています。
もしかしたらこれもダメなのかもしれないけど、せめて毛だけは持たせてねと声をかけて拝借(苦笑)

カビないようにちゃんと乾燥剤を入れて保管しています。
ペットちゃんは死んだ後、暫くは自分が死んだという事が分からなくて家にいるらしいので、49日経つまではお水とご飯とちゅーるをいつもの場所に置こうと思います。
ペットと言っても私としては大切な家族だったので、これを見て「たかがペットに馬鹿なんじゃないの?」と思う方もいると思います。
でも犬にしても猫にしても鳥にしても最初は『飼う』という気持ちで家に招き入れたのに、いつの間にか家族の一員になっているんですよ。
可愛くて時には腹が立つ事があっても、やっぱりそっと側に寄り添ってくれるんですよね。
凄く健気だと思います。
ペットロスをただの精神病という人もいますが、私はそうは思えない。
中には病気になったからとか歳をとったからとかそれだけの理由で保健所へ連れて行ったり捨てたりする飼い主さんもいると聞きます。
そういう人ははっきり言って動物を飼う資格がないと思う。
二度と飼うなと言いたい。
ちゃんと最期まで面倒を見る。だからこそのペットロスだと私は思います。
私は愛猫が突然体調が悪くなり、慌てて病院へ駆け込んで診てもらったら、心筋症と腫瘍でもうあまり長くないと宣告されて、そこからもう涙が止まらなくて、その時に夫から「まだ生きてるんやから泣いたらカイに失礼やで」と言われ、ハッとしました。
それでも日に日に弱っていって辛そうな愛猫を見る度に私も辛くて何度か愛猫のいない別の部屋で泣きました。
唯一救われたのは強制給餌をしない選択をした事を悩んでいたけど、最期は苦しむ事なく眠るように天国へ行って、穏やかな表情を見た事です。
私の選択は間違ってないよーって言ってくれたみたいで。
もしかしたら無理にでもご飯を食べさせて、無理にでも薬を飲ませていたらもう少し長生きができたのかもしれない。
でもね。もう余命宣告をされていて、心筋症は治せませんと辛そうに言った先生は多分この子が後数日で亡くなるという事を分かっていたんだと思う。
それでも心臓の薬を処方してくれて、私がもう少しもう少しと望んだから。
この望みがこの子の苦しみを長引かせるだけになるんじゃないかって。
そう思ったら、嫌がっているのに無理矢理なんて出来なかった。
だから私の選択は間違ってない。この子の最期の表情を見て確信した。
最期まで一緒にいて、ペットロスにならない方が少ないと思う。
やっぱり寂しい。
会いたい。
ご飯の時間になったらいつも催促しに来て足をすりすりしていた事とか、寝る時間になったらいつも私の膝元に来て早く寝るよーって私を見上げてきたりとか、本当甘えん坊で賢い子だったんだ。
駄目だ。この文章打ってる今も涙が出てくる。

私が泣いている事で愛猫が心配して成仏できないって分かってる。
分かってるけど悲しいんだから仕方ないじゃない。
涙が出てくるんだから仕方ないじゃない。
早く吹っ切れるんなら私だって吹っ切りたいよ。
でも無理なんだよ。
どうにもできない。
あの子の存在がいかに大きかったか思い知らされるだけ。
楽しかった思い出も思い浮かべても泣けてくるだけ。
今はまだね、あの子の事で笑いながら話をするのは無理。
どうやっても泣けてくる。
代わりの子なんてまだ考えられないし、新しい子を迎えたとしても、『代わりの子』なんてその子に失礼過ぎるし。

そういえば、今まで家族に迎えた子はカイを含め猫ばかりなんですが、別に狙った訳ではないのに偶然にも男の子ばかりでした(笑)
もしかしたらカイは1番最初の子から生まれ変わって何度も私に会いに来てくれていたのかなと今になって思う。
歴代の猫の中でもカイは特に甘えん坊でしたが(苦笑)
うん、最初の子も甘えん坊だったけど、最初の子より輪をかけて甘えん坊だった(笑)
人が好きで誰にでも擦り寄っていく所とか世渡り上手なのは最初の子にそっくり(笑)
あぁ、もしかしたら最初の子の生まれ変わりだったのかもしれない。
カイで4番目の子だったけど、今までの子の事を忘れた訳でもなく、それぞれに良いところは沢山あった。
でも不思議とカイがいた時は最初の子と比べた事なんて一度もなかったんだよね。
今思えば、似た部分が多いなと。
やだなもう。全然気づかなかったわ(笑)
でも比べるのもその子に対して失礼だし、生存中に気付かなくて良かった(笑)

今はまだ悲しいけど、また私に会いにきてほしい。
きっと私は猫のいない生活ができない体質らしいから(笑)

文字を綴っていて気持ちが少し落ち着いた。
明日からまた頑張ろう。

飼い猫が虹の橋を渡りました…

今日は朝から水も飲まずじっとしていて、体温も低いままであまり撫でると嫌がるかなと思い2階でそっとしておきました。
朝の11時頃からずっと鳴くので慌てて上へ行きずっと撫でていました。
12時過ぎたころ少し落ち着いてウトウトしてきたのでそっと下へ降りて家事をしていたらまた鳴き出したので上へ。
2度大きい声で鳴いて最期はえずくような息を1つ吐いてそのまま最期を迎えました。
最期のお別れを一匹で静かに逝くのではなく、ちゃんと私を呼んでくれました。
夫も静かにそばで見守って、家族に見守られながら愛猫は逝きました。
その時はもう大泣きしてしばらく愛猫の側から離れられなかったんですが、意外にも冷静に「このままにしておいたら死後硬直が始まってしまう」とか思ってしまって、予め用意していた可愛い段ボール箱を組み立てて、下にシートを敷いて、その上にタオルを乗せて、愛猫を中へ入れる為に持ち上げたら、力なく手足や首がダランとなったのを見てまた涙が。
私の愛猫、ガタイが良くて体重が7kgあり最期は食べれなかったので多分6kg位にまで落ちていたと思うんですが、これが意外に重くて箱に入れるのに一苦労。
「重っ!もう本当デブい子やから重くて箱に寝かせるのも一苦労なんやけど!」と泣きながら夫と少し笑いが溢れて、なんとかキレイにおさまりました。
あとは慌てて花を買いにいき、他には1番お気に入りだったプラスチックを使用していない猫用のおもちゃの紐と大好きだったちゅーると食べることが1番好きだったのでドライフードを少し入れて、お腹に保冷剤を当てて上からタオルをかけてその上にお花を沢山敷き詰めました。
この子の事だからきっと花よりちゅーるで敷き詰めて!って言いそうな気もしますが、ただでさえデブいので食べ過ぎないように(笑)
生前、ダイエットフードを食べさせても、おもちゃでこれでもか!ってほど遊んでも全く痩せず寧ろ体重が何故か増えて7kgで何とか落ち着いたんですが(笑)

でも1番救われたのは最期に私達を呼んで待ってくれた事と、脚が悪くならなくて良かった事と、最期は苦しまずに虹の橋を渡ってくれた事がもう何よりもホッとしました。
多分私は今涙も止まって冷静にこのブログを更新していますが、この後ペットロスになるんだと思います。
それでも最期は私たちの元に来てくれてありがとうという感謝の気持ちと、苦しくて痛かったはずなのに頑張ったね。お疲れ様と声をかけました。
亡くなる前日まで水だけは飲んでいましたが、本当ここ数日水だけでよく頑張ったよ。
大好き。愛してる。
多分夫より愛してるw

享年10歳6ヶ月 雄 MIXキジ白
カイ
2021.06.20 午後12時50分頃永眠

いつかまた会える日を心待ちにしてる


飼い猫の体調が悪い3

昨日は朝ちゅーるを半分程食べて水も少し飲んだ。
今日はちゅーるを食べない。
水を飲みたがって水の前に座り、少し水を口に付けて少し飲む。
飲むと痛いのか飲むたびに動きが止まり、暫くするとまた少し水を飲むの繰り返し。
ここ最近は私が2階へいくとついてきて少し離れた場所で寝るし、私が下へ降りると一緒についてくる。
もう身体がしんどいはずなんだからついてこなくていいよと昨日声をかける。
今日は2階から降りてこない。
今日は仕事が休みだから時々様子を見にいく。
日に日に弱っていく。体温も下がっているのか触ると冷たい。
強制給餌しない判断が正しかったのか悩む。
でもね、立場を逆に考えると、私だったらもう助からないのなら延命治療なんてして欲しくないし、食べたくもないのに無理矢理食べさせられるのは苦痛で、頼むから私の事を想うなら放っておいて欲しいと思うんだよね。きっと。
人間だってもう弱って身体も痛くてしんどくて中には頼むから殺して欲しいと懇願する人だっていると聞く。
猫は死という意味が分からないから最期まで生きようと身体が回復するのをじっと我慢していると聞いた事がある。
私の大切な愛猫も今月を越す可能性はほぼないと思う。
それでも今ある一緒にいられる時間を最期まで大切にしたい。
できる事なら長く苦しまなくて済むように早くその時がきたら良いのにと思う事だってある。
でも私の中に安楽死させるという選択はないんだよ。
願わくば安楽死させる事がないように毎日祈ってる。
ただ、心筋症により下半身が動かなくなって、その脚は徐々に壊死していくと聞いたのでもしその症状が出てしまった時は安楽死を考えています。
前脚だけで這って移動しようとするらしいです。
でも必ずしもそうなるとは限らなく心筋症でも脚を悪くしない子もいるとか。
ただ、苦しみは変わらないみたいで、脚が動かなくなる前は想像を絶する痛みを伴うとか。
この子は仔猫だった時からずっと何度も痛い思いをさせていて、もうこれ以上痛い思いなんてして欲しくない。
なんでこの子だけこんな痛い思いをしなければいけないの?この子が何をしたというのか。
数年前、母が飼っていたパグは15歳生きて最後は静かに亡くなった。
老衰。
うちの子とも仲良くしてくれて、最期はそのパグがお迎えにきてくれると思う。思いたい。
同じように苦しまず静かに息を引き取るように。
今はただ、一緒にいる時間がかけがえのない時間だという実感とどうか最期のその時は苦しまないで欲しいと願うばかりです。
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