例えば、俺は何故こいつが愛しくてならないのだろうと思わない事もない。それは決してこの感情を否定するものではないのだが、理由はと聞かれれば「こいつがこいつだったから」などと頭の悪い答えしか浮かびそうもなかった。
蜜柑を剥く姿勢に見て見ぬふりをして、想い人の体を軽く引き寄せた。勢いで指を滑らせたらしいが、気付かない素振りで髪を手で梳く。
女ほど手入れはされていないが一通り整えられた髪は、思った通りの触感でするりと抜けていく。機嫌を損ねたわけではないが、少しばかり不服そうに高杉が口を開いた。
「…皮」
「あ?」
「途中で切れちまった」
「あらー…」
どうやら他より固かったそれの皮を繋げたまま剥こうとしていたらしい。だが元々気紛れの挑戦だったのか、まあいいの一言で済まされた。
身をつまみ上げ口に運ぶ姿すらかわいいと思うのは自分だけなのだろうという自覚はある。かといって理解が出来るわけではないが。
冷静に考えて分からない方が自然ではあるだろう。二十を越えた男が蜜柑を食べる所がかわいいだの、一歩引いた言葉に置き換えれば狂気の沙汰としか思えない発言だ。
男だ女だは今更の話だが、それでもやはり男なものは男であるし、かわいくないものはどうやったってかわいくないはずなのだが。むしろさっきの早々の諦めぶりは潔く男らしい限りであったと思う。
ふと銀ちゃんのせいアル!と喚くオレンジ頭の小娘を思い出す。そういえば本来あれこそかわいいと呼ぶべき部類ではなかったか。
そう思いかけた所で首を緩く左右に振る。あんな凶暴な胃袋の化身をかわいいと呼ぶくらいなら、地蔵を愛でた方がまだマシだ。
当の神楽は志村家のテレビで紅白を全力で楽しんでいる事だろう。
あの賑やかさの中で過ごしたいと思う気持ちがないわけではない。が、何分少し照れくさいのと、今日は何より江戸が一年で一番静かな日なのだ。せめて最後の日ぐらいは、とささやかな欲を許してしまった己に苦笑せずにはいられない。
心臓が静かに弾み続けている。とくとく、とくとく、響く小刻みなその音に、一体幾つだよと唇を歪ませる。
幸せなのだろう、と思うとどうにも堪えきれなくなって、一層ぎゅうと抱きすくめる。息がしにくくて適わねえ。腕の中に埋もれた高杉がおかしそうにそう言うものだから、ますますおかしくなって額に額を擦り寄せた。
ああ、おかしい、おかしい。おかしくなりそうな程の愛しさだ。
髪をぐしゃりと掴まれて、一方的なキスをされた。見知った角度でつり上がる口端。クツクツと喉から音がする。
「いつまで経ってもこの髪はストレートになりゃしねーなァ」
「うるせーよ。どっかの誰かがくしゃくしゃに掴むから直るもんも直らないんじゃないの」
「知ってるか、銀時ィ。最初からそうなものは元に戻るとは呼ばねーんだそうだ」
「あらそうなの。それじゃてめーの嫌みも一生そのまんまって事か」
「クク、残念な事になァ」
今度はこちらから口を塞いだ。これ以上はくすぐったくていけない。どうにもこうにもむず痒くて仕方ないのだ。底無しのそれがそこにはあった。
ちゅ、と一つ音を立てて離れる。柑橘類の甘酸っぱさが内側に残って、口の中に小さく染みついていた。
「除夜の鐘が鳴ったらよ」
身を乗り出して首に腕を掛け直す。首裏に顔を寄せるともう短い後ろ髪しか目には映らない。
「縁日でも行かねーか」
その言葉に肩越しでも高杉がきょとりとしたのが分かってついふき出してしまった。そんなに珍しそうな顔をしなくたっていいのに。
俺には余程寝正月のイメージがついてしまっているようだ。普段の態度が態度なのでまあ仕方はないのだけれど。
寒いぜ、と高杉が問う。ふらりとした印象の割には、意外に冬でも背筋を伸ばして歩くのがこの男だ。尤も寒かろうが何だろうが一度本気で言い出せば聞かないと分かっているのか、言葉は問いというよりも確認のそれだった。
諦めと愛しさの入り混じった手のひらが後頭部に優しく触れる感触。滲んだ温かさに得体の知れない何かが零れ落ちそうになった事には気付かないでおいた。
「いいんだよ、それでも」
たまにはらしい事させろっての。
呟いたそれがどう響いたかは分からないが、きっと高杉の唇はゆうるりと弧を描いたのだろう。
愛しいと思う。他でもない彼が。手放したくないなと思ってしまう。
来年を誓えるような間柄ではないが、今は手の内に温度を留めておきたかった。
しんしんと。しんしんと。
やがて響く鐘はまだ遠い。
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というわけでいつの間にか大晦日ですね。そしてまさかの小話エンド(笑)
2010年て…2000年が始まってもう10年て。もう2000年台の方に長く生きてる事になるとか驚愕ですよ…
今日から四日まで田舎で過ごしています。紅白ネタ使ったわりには誰もつまらなさがって見ないのでアンビリバボーがついてる始末。これもそのうち変えられるかもしれないけど(笑)
雪が降ってます。明日は英語やらなきゃ、な…!
今年も皆様お世話になりました。休止してた上になかなかいい年とも悪い年ともつきませんでしたが、下準備みたいなものができたんではないかなとか思っています。
明日から一応サイト復活となります。更新頻度がどうなるやらではありますが、ちゃんといいものが載せられるように精一杯やりたいと思っています。
これが今年最後の日記になるかと思います。残り短い2009年ですが、どうぞ皆様、よいお年を!