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高く飛ぶ意識

 

「で、調子はどうなんだ?」

手際良く仕度を整えながら尋ねられる

「別に〜?可も無く不可も無ぇって感じ?」

頬杖を突いてカウンター越しに磨かれていくグラスを見ながら、何気無しに答えを返す

「ふぅん?ま、元気そうで何よりだな」

コトッ、と透明に輝くグラスが置かれ、軽く笑われた

「ん、お互い様に…だけどな?」

釣られて笑いながら繰り返される作業を飽きもせず眺める

いつもフロアに満ちている騒がしさも嫌いじゃ無いが、今の様な彼の周りに有る落ち着いた雰囲気も嫌いでは無い

「オイオイ、コッチ程気楽な訳でも無いんだろ?
化け物相手に命張ってるんだからな」

「そんな大層な感じでも無いって!
何せ国家技術の最先端とか備わってるし?」

「そうなのか?
でも、お前の事だからな…あんまり無茶やるんじゃ無いぞ?」

軽く感心を向けられた後で念を押されてしまった

「解ってるよ」

「怪しいもんだな?」

「ちょ、酷ぇ」

たわいない談笑
学園には無い開放感に自然と笑いも増えるものだ

「そんな信用無ぇの?俺」

「ははっ、悪かったって!
ほら、機嫌直せよ」

わざとらしく唇を尖らせて居ると、目の前にグラスが置かれた

緑の中を漂う気泡が弾ける音と独特の甘い香りが感覚を刺激する

「…香亮さん、俺そんな子供じゃ無ぇよ?」

出された炭酸水に苦笑が洩れ、思わず抗議をする

「久々にコッチまで回って来てたからな、嫌いでも無ぇだろ?」

確かに、この辺りの区画にしては珍しい部類の品では有った

酒やら武具、薬類なんかは割と出回る方だが、嗜好品の類は物流に多少のムラが有るのである

所謂、裕福層には蔓延していても末端のスラム街なんかでは甘味類が高級品だったりしている

当たり前が通用しない社会に順応する事も、何だかんだで学んで来たものだ

「…じゃあ、貰っとく」

「ん」

しかしまぁ、何でこんな色してんだろ?

綺麗、とは思うが…正直初見はこんな物飲めるか!って思ったもんで…まぁ、飲んだんだけどよ

物思いに耽っていると、様子を見ていた香亮さんが喉で笑っていた

「何?」

「いや、ずっと見てるから可笑しくてな」

あんまり笑うものだから、何だか気恥ずかしく感じて半眼になりつつ液体を口に含んだ…甘い…

「…おはよ〜…」

間延びした声が耳に届く

「おはようじゃない、もう昼過ぎだぞ」

「ん〜、そうだっけ?」

ふぁ…と欠伸をし、さして気にもしていない様子でコチラに歩いて来る

ま、彼女にしては早起きな部類…と言え無くも無い様な…?

「あれぇ〜?何だ、漣居んじゃん」

一瞥…あぁ、今日も相変わらずですね…色々と

目のやり場に些か迷い、すぐにグラスに視線が戻る

いや別にそういう事考えてる訳じゃ無い、無いんだって

ぐだぐだになる思考回路がまた居心地の悪さを喚起させる

半眼で固まっていた頭に不意に圧迫感を感じて意識が戻った

「あ、美味しそうなの飲んでんじゃん」

頭上からの声、ってちょっとちょっと!

「コースケ、アタシにもちょ〜だい」

するりと温度は横に抜けて、席に座った歌蘭さんは注文をする

「寝起きに炭酸かよ」

「じゃあ、お酒でも良〜よ?」

「…オイ…」

2人がやり取りをしている内に、すかさず後頭部付近を押さえる

柔らかい感覚が残ってる気がしてそのままわしゃわしゃと髪を弄った

「…何してんの?」

「あ!や、チョイ髪が乱れて…」

きょとん、とした様子で見られてギクシャクと答える

彼女に他意は無い、断言する

「あ〜、何かヤラシ〜事でも考えてた?」

彼女は俺を見てニヤニヤと笑う

「べっ!別にそんな訳無ぇし!?」

…他意は無くても悪意と言う名の悪戯心は有ったらしい

くそう、またからかわれたか…

「うわ〜、コースケ聞いた?アタシ女終わってるってさ〜」

も〜ショックだわ〜、とカウンターにわざとらしく伏せる

「はいはい、からかってやるな」

「コースケ、これ水なんだけど?」

「いきなりは駄目だ」

「ちぇ〜」

今度はふて腐れる彼女

見ていて飽きないと言うか、何と言うか

「ホント子供な」

香亮さんの呆れた、でも楽しそうな言葉に俺も笑う

そんな俺達に歌蘭さんは小さく赤い舌を出し、席を下りる

「漣、やろう!!」

「何、わっ…!?」

素早く腕を絡められて引っ張られた

そのまま席を下りて誘導される

向かう場所は一つ、彼女の領域

少し高い壇上に上がった俺達を香亮さんが見守っている

歌蘭さんが小さく息を吸えば、空気が変わった

俺は勢い良くコードを鳴らす


昂揚する頭の中で、思った

人に帰巣本能が有るとしたら、俺は迷わず此処に帰るのだろう

生まれ育った地では無くとも、此処で生きてると実感するから


弾く、跳ねる、流す、叫ぶ


雑多な世界の小さな聖域で、俺は確かな命を感じていた
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