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雷光の白刃

一閃した斬撃が周囲を取り囲んでいた雑魚を蹴散らす。

走る。

アクロバットの最速には及ばずとも、この脚には自信が有る。


(大丈夫だ、いける…!!)


奥で指揮を取る一際大きな敵目掛けて走り込む。

弾丸の様に弾く躯、後ろに靡く布がその速さを物語る。

「はぁっ!!」

白刃を頭蓋に叩き降ろす、瞬時に赤黒い飛沫が迸しった。

崩れ落ちる巨躯を蹴り、素早く距離を取って、一振るいした刀を仕舞った。

返り血に塗れてしまうのが近距離戦の難題だな、と全身染まった服を見て、苦笑。

(さて、ここからだ)

自身から湧き上がる海に溺れた肉塊を一瞥する。

絶命した塊に纏わり付いていた黒い影がねっとりと剥がれ落ちる。

魔だ。

この廃墟で多くの血肉を屠り、破壊し、依代を殺戮者に変えた、ソレ。

最早アヤカシとも呼べない悍ましい存在…。

右手で斑の染みが付いた敷布を引き上げ、顔半分を覆う。

そのまま構えを取り得物の柄に触れ、対峙する。

べたべたと蠢いていたソレが、コチラを襲って来る。

新しい依代を望んでいるのか、はたまたこの魂魄を喰らいたいのか…

「…どっちにしろ、願い下げだけど…ねっ!!!」

触手の様に枝分かれした部位を素早く両断し、躱す。

曇天を裂く様に雷鳴が轟き、しとどに雨が降り注いで来た。

「分が悪いなぁ…もう…」

容赦無く雨と猛攻が体力を削り、瓦礫とぬかるみが足場を遮る。

(早く退治しなくては…。)


一瞬、思考が飛んだ。


「しま…ッ、うわっ!!?」

ぬらぬらした黒いモノが自分の四肢を搦め捕り、そのまま強引に宙に浮された。

重量が有るのかと思えば、霧の様に質感があやふやだ。

ただ、異様に冷たい…。

「くっ…!」

軽い筈なのに容赦無い拘束感から指一つ儘ならない、せめて取り落とさなかった刃がコレを突いてくれれば…!!

ミシミシと内側から嫌な音が耳朶を打つ、圧迫に躯が悲鳴を上げた。

「ガッ…あぁぁぁあぁぁ〜…!!!」

のけ反り空を見ても灰色の廃墟に叫びは染み渡るだけ。

苦しさに絶えず絶叫が上がる。

頬に悪寒がする。

触手みたいなモノがなぞっているのが視界の隅に見えた。

「ひっ…あ…っ」

探っているのだろうか?

躯は圧力と極寒の海に漬け込まれたみたいに痺れて、感覚が無い。

刀を握っているのかさえ、もう判らない。ただ、荒い呼吸と動悸だけが不自然に煩かった。

本来、居るべき従者は居ない。
彼は廃墟に居てはいけない身であり、同時に見鬼の才が無いのだ。

色布の御蔭で奴は中には入れない。

しかし、逃げられない状態ではコレも何時まで保つか解らない。

鼓膜を攣裂く甲高い音が響いた。

巨躯のガーディアンに憑いていた時に操っていた鼠達が瓦礫から姿を覗かせる。

「ギッ、ギッ…ギギッ」

鼠達はぞろぞろと俺の足元に群がって来る、まるで零落ちる餌を待ち望む様に…。

不意に、拘束が解かれた。


支えを失った躯、感覚すら奪われている状態で受け身など取れる筈も無い。

(あぁ…死ぬんだ…)

厭に冷静に、だけどぼんやりとそんな事が頭に過ぎった。



だが、現実はそれ程甘くは無い。


ドスン、と墜ちた衝撃が有ったが、下に構えた鼠達がクッションとなり、致命傷にはならなかった。

俺を取り囲む生き物の異様な熱気と気配、それでも声すら上げる気力も無かった。

「…ッ!…ッ!!」

ガリガリと鼠達が歯を立てる。

鈍い痛みが走り、更に熱が抜けていく感覚。

苦悶に薄く目を開ければ、躯を蹂躙する鼠、その姿を上空に漂う黒い存在が見えた。

(…いっそ…)

いっそ、一思いに喰らうなりすれば、まだマシだろうに…。

漂うソレに顔など無い、しかし、声に成らぬ叫びを上げ、踏み荒らされる自分を見下し、嗤っている様に思えた。

爪が、歯が、引き裂いていく…。

「ハッ…ハァ、…ぅ…」

ボロボロに裂かれた布は最早守護とは呼べない代物になった。

血の味が口の中に広がっている。

さぁっ、とあれ程に群がっていた鼠達が離れ去った。

ぼんやりとしていると、黒いソレがゆっくりゆっくり滴って来るのが見える。

肩を、腕を、脚を…
覆い被さる様に包んでいく。

冷たさに躯が、魂が震える。

(…こんな時って走馬灯が見えるとか言うけど、そうでも無いんだな…)

錆び付いた思考回路は淡々と、それでいて検討違いの思いを示す。

(…皆…怒るだろうなぁ…)

視界が解けていく、黒に呑まれそうになる。

刹那、極至近距離で風が吹いた…。

風圧に目を伏せる。

(……な…に…?)

重圧が消え、躯が軽くなる。

(だれ、か…いる…)

呼ばれてる気がする。

静かに、何度も。

倦怠感が支配する肉体を渾身の力で動かすが、僅かに瞼が開いただけに留まる。

淀んだ視界は輪郭を失っており、識別がままならない。

「…龍、……う…?…」

(きこえない、よ…)

音がくぐもって判らない、でも何かが呼んでいる気がしている。

ゆっくりと動かした眼球に、ピントの合わないそれが映った。


(………あ………お……)


最後に捉えたモノを辛うじて識別したが、それきり俺の意識は闇に墜ちて途絶えてしまった…。











―――――ーーーーーーーーーーーーーー


(あぁ、温かい…)


優しく躯を包む感覚に、ほっと息を吐く。

軽くなった感覚の後、目を開いた。

「…此処…、」

見慣れた天井を見詰めて呟くと、聞き慣れた声が聞こえた。


「お目覚めで御座いますか?」

頭を動かし、見慣れた自室の中、置かれた椅子に座っている従者を見る。

「月影…、そうか…助かったんだな…」

生きている実感に安堵した。

「何故私に黙っておられたのです?」

静かに、だけど厳しさを含む声。

月影は廃墟に居た存在の事を知らない。

黙っていた事を怒って居るのだ…。

「…ごめん…なさい」

素直に謝る。だが、彼を危険に曝したくは無いのだ。

ハァ、と溜息が聞こえた。
傷付けてしまったのだろうか…?

恐る恐る様子を伺えば、腕を組み、睥睨する灰色と視線が合った。

(やっぱりまだ怒ってるか…)

申し訳なく思っていると、月影が口を開いた。

「先日、本家方より新しい色布が届けられておいでです。
そちらに有ります故以後お気を付け下さいます様…」

驚いて枕元を見上げれば、綺麗に折り畳まれた新しい布がそこにあった。

昔から不思議ではあるのだが、こういう対処は家では早い。

(慣れているせいなのかな…?)

布を見詰めて居る俺に、月影が説明してくれた。

「坊ちゃん聞いておられますか…?

あぁ、その色布は数日程前に本家に来たモノ売りが置いて行ったそうで御座いますが…」

なるほど、と合点がいった。

モノ売りならば紲が持って来たのだろう、
相変わらず機を読むのが上手いものだ…。

「坊ちゃんもそれぐらい気が回るお方になって頂きたく思いますね…」

感心している俺に、小言を言い続けていた月影が、多少の厭味を含んで言った。

反論は出来そうに無いので苦笑してやり過ごす。

「この事もお家にお伝えしておきますから」

(あぁ、帰省が少し怖いな…)

苦笑から溜息を吐き、肩を落としてしまった。

ふと、思えば、腑に落ちない事が有る。

「月影、俺何で此処に居るの?」

意識が切れる前は、廃墟だった。
キャンプ地点も過ぎたので、赤兎の移転だけでは学園まで辿り着かない筈なのだが…?

当たり前の問いに、月影は苦虫を噛み潰した様な顔をした。

「………?」

その様子に首を傾げていると、渋々と声が聞こえて来た。

「…たまたま…通り掛かった学園生が移転して下さいました」

歯切れが悪いソレは、何となく相手を教えてくれている。

(あぁ、後で謝りに行かないとなぁ…)

合点がいった様子の俺に、今度は月影が少し怪訝そうな顔色を見せた。

「良くなったら、俺から礼を言っておくよ」

苦笑して告げれば、まだ何か言いた気ながらも、承諾してくれた。

何故か解らないけど、月影は彼が苦手の様だ。
徐々に馴染んでくれたら良いと思うのだが…。

「さ、お話はこのぐらいになさって、今は養生下さいませ」

月影に促され、疲労の溜まった躯を横たえるとすぐに眠気が襲って来た。

俺はそのままゆっくりと身を任せて、目を閉じた。


―――――ーーーーーーーーーーーーーー




誰かが緑の中に居る。
俺は走って、その人影に近付いて行く。

息を切らしながら、見上げた影。

ゼイゼイと乱れた呼吸だが、俺は笑ってソレを見る。


「  さん、ありがとう…」

何か欠けたけど、疑問も感じない感謝。

見下す影の唇が、何かを象る


[  、     。]


「え?」


瞬間、俺の意識は緑の世界から離れて行った。






―――――ーーーーーーーーーーーーーー

…白い陽射しが眩しい。

身なりを整え、俺は自室を後にした。

校庭の木々の下で、歩を止める。

「先輩」

見上げれば太い枝に横になる人影。
俺と違う、風に靡く青。

応答は無かったが、構わず頭を下げ、本題に入る事にする。

「先日は俺の未熟さから招いた危ない所を助けて頂き…」

「…九龍」

肝心な言葉の前で寸止めされた俺は、多少きょとんとした顔を上げた。

「はい??」

「それは、もういい」

「………はぁ…」

酷く抽象的だが、先輩なりに思う節でもあるのだろうと、再び一礼だけするに止める。

遠くで勇音が呼んでいるのに気付き、俺は軽く挨拶してその場を後にした。


まだまだ、学ぶ事は多い。

知覚者として、退魔師として、そして人としても…

「勉強、頑張らないとなぁ…」

「お、やる気が有って結構な事だな?」

移動教室へ向かいながら、勇音が笑った。

まずは今日、学ぶべき事に身を入れよう。


その過程が無駄では無いと、俺は信じて廊下をまた一歩、踏み出して行った…。

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