解らない所で、ヒトは辛さを背負うのかも、知れない…。
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「ごめん…、ちょっと、休ませて…?;」
何度目かになる懇願の声に渋々従う。
一般人たる教授は『急ぎたいけと休むのは賛成』とでも言いた気に早々と腰を下ろしてしまった。
懇願をした後その場に座り込むパートナーに、叱咤の声が聞こえた。
「オイ、コラ!オレ様がこんなにも健気に頑張ってんのに、何様のつもりだよ!?」
フワフワと黒い羽を動かし、視線の高さまで上がった赤兎の小さい手がズビシ!と彼の相方に向いている。
「ん、ごめ…少し、だけ、だから…;」
灰色の髪の隙間から何時もの苦笑が見えるが、どうもその声は疲弊している様である。
「何だ何だ?さっき気絶したからか??」
それならもうキャンプで回復したろ〜?と言いながらも赤兎は颯刃のバイタルチェックを始める。
口は悪いが良い奴なのだ…、と颯刃はその様子に淡く微笑を浮かべた。
「ん〜?多少息が上がってるみてぇだが、異常は無いぜ?」
ヤッパリだらけてんのか?と半眼で訝しがられた。
同行する勇音と斎は少し離れた教授に付いているらしい。
整わない呼吸を少しでも宥めたいが、そうも言えない理由が、有る…。
傍らに置いた刀を支えに、ゆっくりと体を上げる。
「オイ、本当に平気なのか?」
良く見れば人間には肌寒いであろう気候なのに、その肌はじっとりと汗ばんでいる様にも見える。
…何かが、おかしい…。
「ん、平気…。早くフイールドを中和しなくちゃね?」
ふわり、と普段通りを装う笑顔にすら疲労の影が見える気がする。
「…でも…」
「ほら、もう少しで北門だから、頑張ろうぜ?」
声を発しようとした赤兎を遮る様に、後方から来た勇音が軽く颯刃の肩を叩いて行った。
「うん、ありがと」
幼馴染みの言葉に幾分か励まされたのか、若干声色が良くなった気がする…。
勇音はその俊敏性から先頭を行き、安全を確かめてくれている。
その後に颯刃、教授と続き、斎が一番後方を歩いて行く。
赤兎は教授との痴話話をしながらもチラリと状態が不安定な颯刃を気にかけている。
どうも、このパートナーは原因不明の変調を起こし易いように思う。
大概はへらへらとしたボンクラ野郎なのだが、どうも良く解らない時に変調が起こる。
小刻みに上がる呼吸音を認知しながら、ふと、そんな考えに集中していたと気付く。
「おっと!兵隊さんだせ、相変わらずキショイねぇ〜?ゲゲゲのゲ〜だぜ…」
現れたガーディアンは腐食した『かつて人間だった』であろう存在だ。
ま、今のボンクラ達の敵では無いと教授に隠れるように指示を出してやる。
「さ、派手にやっちまえ〜!!」
いい加減代わり映えしない道を歩くのは飽きるモノで、気晴らし程度の戦闘は寧ろ望むモンだと、戦わない赤兎は思っていた。
勇音のナイフがボロボロの外皮に刺さる。
継いで刀を構えた颯刃が一気に距離を詰め白刃を振るう……が、相手も素直に倒される気は無いのか、その汚らしい爪で颯刃の皮膚を引っ掻いた。
「…ッ…!」
痛みと共に体内に入り込んだ毒気に若干顔を歪ませ後退すれば、斎の放ったシャルルの熱射がゾンビを発火、ドロドロに熔かしこんだ。
「颯刃!大丈夫か?」
戦闘が終わり、勇音が駆け寄って来る。
「へ…き…、掠っただけ…だから…」
ははは、と苦笑するも明らかに顔色は悪い。
「待ってろ、斎連れて来るから!」
そう言うと勇音は教授を回収しに行った斎を呼びに走って行った…。
最悪な事に、回復薬は底をついており、治療出来るのは不本意ながらあの不遜極まりない数学者しか居ない状況である。
簡易治療しか出来ない赤兎はふと脳裏に治療特化の量産型の姿を浮かべ、忌ま忌ましそうに舌打ちをした。
「ったく、雑魚だからって手ぇ抜いたのか?
そりゃあ最初のヒヨッ子の頃よりはオレ様の誠心誠意の篭った調教のお陰でマシにはなってきたがよ〜、お前みたいな間抜けなボンクラは何時までたっても甘っちょろいんだからな〜?」
「………」
「ま、まぁ、この優秀なオレ様が付いていてやってるのがお前の救いではあるんだから、感謝しろよな!?」
返事の無い颯刃を多少気に掛けてか、悪態を吐いてておきながらも、治療とフォローを入れる。
「………」
「な、何だよ?言い過ぎだってのか?
そりゃあ、まぁ…多少はお前が頑張ってるのを評価してやらない事も無いがよ…?
で、でもな…!?」
不意に、世界の引力が増した。
…いや、違う…。
強い力で体が弧を描いている。
…これは…!
瞬間、数値の変容を起動し、すんでの所で激突を回避させる。
「痛って〜!」
ドンッ、と鈍い音と共に倒れた颯刃と衝突しようとしたコンクリートに挟んだ左腕と、したたかに打った左半身に痛みが走る。
そもそも、自分は機械なのに何故こんな理不尽な機能を付けたのか、同行している斎の顔を思い起こし、半眼になる。
そんな事より!と瞬時に我に返ると気絶している颯刃の容態を確認する。
先程の戦闘によるダメージや毒気が有るものの、気絶する程のものでは無い。
「おいっ、起きろよ!オイッ!!」
上半身を起こし、自由の効く右腕でその背中を揺すっても、意識が戻る気配は無い。
一体、何がどうなっているんだ…??
俯せから仰向けに抱え直し、若干苦しそうな表情に困惑する。
異常は無い、それは間違いが無い筈なのに…。
霧で視界と感度が鈍っている、もう少し近くで様子を見ようと顔を近付けた瞬間…。
「おやおや、寝込みを襲う程このミミイは飢えているのか?」
ククク…、と言う独特の笑いと共にあらぬ誤解を投げ掛けられた。
「なっ!?バッ!馬鹿ッ!!違ぇよ!オレ様はだな…!!」
「はいはい、お前の弁明にも真実にも興味は無いさ…」
必死に意訳をしようとした分、その淡泊過ぎる返答には神経を逆撫でされるモノを感じる…。
百万の苦言と小言と怒りを溜飲させようと堪えながらも半眼な黒目は雄弁に不快感を物語っていた。
一方の斎は淡々と颯刃の様子を眺め、分析をしている。
そして…。
「疲労、だな」
とだけ言ってのけた。
「はぁぁっ!?ただの疲労で気絶だと〜!?」
一瞬呆然としかけた自我を取り留め、赤兎が声を上げた。
「過度に祟れば、有り得る事だ」
シレッと言う斎に対し、赤兎はますます据わった半眼になる。
「阿呆か!!体調管理ならちゃんとしてやってるってのにッ…!」
不調が有れば直ぐ解るのだ、そんな疲労困憊にさせる様な無茶な行動はさせていないと自負出来る。
ギャンギャンと騒ぎ立てる赤兎の声に導かれ、教授を連れた勇音がやって来る。
「何やってんだよ、ガーディアンに見付かるだろ?」
やれやれ、と勇音に諭され、赤兎はグッと押し黙ってしまった。
簡素に斎が勇音達に状態報告を済ませると、
「あ〜やっぱり…」
と勇音が苦笑を漏らした。
薄々そうだと思ったんだよなぁ〜、等と呟きながら、勇音は装備品を収納しているホルダーを漁り始める。
暫く成り行きを見ていると、
「おぉ、有った有った!」
と取り出したモノは…。
「塩?」
物凄く拍子抜けした声で赤兎は勇音が手にしている物を見つめた。
「学園まで本当はもって欲しかったんだけど、な?」
と、勇音は苦笑を浮かべ、あろう事かその塩を颯刃に振り掛ける。
「ギャー!!錆びるじゃ無ぇか!何するんだよっ!?」
「お前はその程度で腐食などしないだろうが」
騒ぐ赤兎を斎が一蹴する間に、颯刃が薄く目を開いた。
「…おねぇちゃ……あれ?」
何やら半寝ぼけな目で辺りを見回し、やがて合点がいったような様子をみせる。
「一人納得してんじゃ無ぇよ!」
と赤兎から頭を叩かれでしまった。
「あ、赤兎、皆もごめん…」
申し訳なさそうに皆を見回し、謝罪をする。
「どうも、筑波って『強く』て、気を付けてたんだけどさ…」
と苦笑を浮かべる。
どうやらかい摘まんで説明すると、霊感引き寄せ体質の颯刃にとって、この筑波の特異な環境の影響を受けてしまい、良からぬモノに気を割いて進んできたが、ついに精根尽きかけた…と言う事らしい。
教授は興味深そうに目を輝かせたが、赤兎は逆に怒りと呆れの双眸を漂わせた。
そんな非科学的なモノ等、認めたくないのかも知れないが…。
で、一時的に清め塩を掛けられた事により回復したらしい。
つくづく理不尽な…、と赤兎は内心で毒吐いた。
暫くして、再び一行は歩き始めた。
道中、不機嫌な赤兎を颯刃が何度も宥める姿が見られたらしい…。
霧に紛れて呼んでるよ…
枝の合間から覗いてるよ…
感じるヒトは気を付けて…?
手招きする陰、すぐソコにー…