気付いたらまた、この場所に居た。

暗くて、瓦礫ばかりの閉鎖された空間。

数mばかり歩いて、様子を窺う。

剥がれ落ちたコンクリート、割れた床、封鎖されている窓に腐食した鉄骨…そして、辺りにこびり付いている赤黒く変色した血は誰のものだったのか…?

突然、心臓に氷塊が当たる感覚に襲われる。

不自然に荒くなる呼吸、頭とは裏腹に冷めていく体。

言い知れぬ恐怖と緊張が神経毒の様に体中を粟立たせる。

逃げろ、走れ、捕まるな。

本能がけたたましく警鐘を鳴らすが、筋肉が錆び付いた様にぎこちない走りになった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

鼓動、呼吸、地を踏み逃げる音。

それだけが妙に反響して喧しい。

宛ても無く逃げながら、変に覚醒した頭が思考回路を蹂躙している。


確かに思い出すべき事と、思い出すべきでは無い事が、有った筈だ…。

何だったろうか?

嫌に覚醒している癖に、思考のピースがバラバラと零れて纏まらない。

それがじれったくて余計にストレスになる。

不意に無線からノイズが鳴り出す。

不快なざらつきの有る不協和音に焦りが募った。

まずい、まずいまずい…!!
この音は駄目だ!!

受信を切るが、ノイズが止まない。

まるで直接頭に響くみたいだ…。

「やめろ、やめろやめろ…!!」

頭を抱えて乱暴に左右に揺らす。

この音を聴きたくない、聴きたくないんだ!!

錯乱しかかってる背後から、静かな気配が迫る。

目を見開き、体か硬直する。

駄目だ、来るな、逃げろ…!!

逃げろにげろニゲロ…!!!

…唐突に、ノイズが止んだ…。

ひた…ひた…と静か過ぎる足音が止まった時、ハッキリと真後ろに気配が有った。

心臓が破裂しそうで、頭が沸き立つ様にぐらぐらして、気持ち悪い。

『…ねぇ、 』

聞き覚えの有る声。

落ち着いていて、優しく、抑揚に欠ける歪な声…。

『お願い、だよ…』

荒々しかった呼吸が、か細く不規則になって、苦しい。

酸素を求めて口がパクパクと音無き音を立てる。

冷えた両腕が、両肩に乗った。

耳元で、微かに、冷たい囁き。

『…ここから出して』

首筋に、焼け付く鋭い痛みが走る。

「ぅ、ぎゃぁあぁあぁぁああぁあぁあああ〜!!!!!!!!!!!」

誰の絶叫かワカラナイ。

瞳孔が震えて何を写しているのかもワカラナイ。

振り返したノイズは、救いを求め、変わり果てた叫びを含みけたたましく鳴り続ける。

肉塊を引きちぎって、無我夢中で駆け出す。

反転した世界の中に、寂しげに、恨めしげに、悲しげに微笑むお前が居た…。

走って、走って、走って、走って!!

暗い廊下や瓦礫を通り抜けた先に、僅かな一筋の光を見た。

何も考えずに光に飛び込む。

白に染まっていく世界の中、アイツが見ていた気がした…。

『…もう戻ってきちゃだめだよ…?…』

これでやっと目が醒める。

呼吸を整えて目を開けた瞬間に、喉笛を噛み付かれた。

ハッピーエンドの後に見る悪夢は、喰った奴らに喰われる夢。

痛みと、痺れと、浮遊感。

上り詰めて叩き落とされる様な、衝撃。

ただ、見上げた隙間の澄み切った青だけは…どうしても好きになれなかった…。