何かもう、耳を塞ぐのも面倒臭くなって、愛用のヘットフォン首に揺れている。

見慣れた廊下を歩き、
同じ扉の羅列を過ぎる。

白いドアは無機質に、硬質にそこに立ちはだかった。

「オイ」

取っ手に触れる迄も無い、どうせ鍵が掛かっている。

「……」

返事は無いが、想定内、寧ろ当然に思ってる。

「聞こえてんだろ?」

「……」

物音一つしやがら無ぇフロアに、無音独特のノイズが聴こえる気がした。

「ドチビが煩ぇんだよ、とっとと鉄面皮被って出て来いや」

「……」

腹が立つ。

「…オイ…」

「……」

…苛々する。

ガァン!!!

突如響いた衝突音すら無音に掻き消される。

「………チッ…!」

ドアに片足を押し付けたまま、舌打ち。

「…何度でも言うぞ?

俺はテメェの事なんざどうでも良い」

吐き捨てる言葉。

「だがな、ウジウジして俺等を巻き込むな、反吐が出んだよ…!…」

「……」

「…30分以内に出て来い。
じゃ無ぇとドアぶっ壊して引き擦り出す」

「……」

足を床に下ろし、無反応なドアを睨み付ける。

暫しの沈黙。

俺は踵を返してそこから離れた。

恐らく今俺は半眼だ、
歩きながら右手で頭を掻く。

「あぁ、やってらんねぇぜ…」


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足音が遠ざかり、気配が去る。

暗い薄闇に座り込みながら、思考が動く。

「………やれやれ…だな…」

小さな溜息を吐き出した口元は、微かに緩く弧を模って元に戻る。

棚に手を伸ばし、冷たいフレームを掴む。

シンプルで在り来りのレンズを見詰めてから、身に着けた。

闇から立ち上がれば、衣擦れの音。

通路の明かりがの差し込む扉へ…。

ガチャリ

解錠音の後、ドアを開く。

眩しさに目を細める、順応してから更にドアを開け、踏み出す。

後ろで閉まったドアを肩越しに見た…。

「……汚れてしまったな…」

靴跡の付いたそれに誰にも解らない苦笑。

後で落とさなくては…。

小さく肩を竦め、歩を進める。

夕華は心配してしまっているだろう。

小さい体で敏感に感じ取ったそれを大きな瞳が訴える。

彼女は実に良く語るのだ。

謝らなくてはならない。

近くで安堵する夕華。

そこから離れた後方に居るだろう漣にも、聞こえる様に…。

決してコチラを見ないだろうし、恐らくまた大音量で拒絶をされて居る筈だ。

だが、きっと聞いている。

根拠の無い話だが、漣の話では『夕華』に謝るのだ、聞いていなくても問題は無い。

…無論、その逆も…。

少し、歩を速めて俺は雑音の方へ向かって行った。

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30分と待たずして予想は現実に変わる。

大事な事は見せ無くても良い。

きちんとそこに留めていれば…。

そうしてまた音は鳴り、動いていくのだろう…。