そればっかりは幸運だった

良かった事もそれが過去になってしまった事も色んな思い出が頭を廻って「私にはあなたが居て良かった」と夫に言ったら「それは御互い様だ」と返してくれた

その人はずっと前から寂しかったんだよ

親しかった人が離れていった時に「今まで我慢してくれてたんだ」とならず「何もしていないのにどうして」の思考になってしまうなら多分それが原因だと思う

思うに

豊かに生きる方法は簡単で、自分に内在する愛に気付く事なんだけど性欲だとか執着だとか支配欲だとかが「自分こそが愛ですよ」という顔をしてやってくるから難しいのだ

どうしたらあの日の自分を救えるのか

私は歪んでいるから「昔取りこぼしたものに執着しているのではないか」と思わせる人の事が気になってしまう
母や父からの愛、安心出来る家、同じ熱量での友情、泣いていた誰かを慰められる自分、本当に大好きだった人
今改めて手に入れられたとしても、その頃の自分の気持ちを満たしてやれるかと言えばそうじゃないんだよね
それじゃあどうやって幸福に生きたら良いかを一生懸命探っている人の事が気になってしまう、私もそうだから

ゴールデンカムイ最新話

尾形はやっと自分に内在する愛に気付けたのだろうか
以前少し触れたがやはり、勇作殿が発した人を殺して罪悪感を抱かない人間などこの世にいていいはずがないという言葉がずっと胸にあったんだ
罪悪感を認めてしまえば最初から自分には愛があって、祝福があって、だけど見ない振りをして間違えてしまっていたんだと気付いてしまう
この世に居て良い人間なのに、居られなくなってしまう
単なる生の放棄でなく、アシリパさんを守りたかったのだと信じたい
寂しさに縮こまっている子どものままだった自分に、愛を向けてくれようとした人を今度こそ

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