あらゆる魂は死んだ後、輪廻すると誰かが言った。
そうして、次の世界では前世で縁があった者同士惹かれあう、と。
あたしはそれを信じない。
声も、身体も、性格も、何もかもが違うのにお互いのことが分かるなんて、そんなの有り得ないじゃないか。
死んだらそれきり。
恋も夢も願いも、死んでしまったらその先はないんだと心に留めて
あたしは戦いの日々を駆け抜けてきた。
血しぶき、刀が空を薙ぐ音、響くは悲痛な叫び声
広がる茜空の下にうずくまる人々、何も語らない戦場
絶望と悲しみだけが渦巻いて。
だけど、そんな地獄の中
微かに聴こえた途切れ途切れの音楽が
今でも耳にこびりついて離れないんだ。
世界が始まりを告げた時
あたしの短い人生は終わった。
仰ぎ見た空はいつもより遥か彼方にあって
その時あたしは地面に横たわっているのだと言うことをぼんやりと理解した。
どこからか狂ったような雄叫びが聞こえる。
そっちの方に視線を向けようとしたけれど、脇腹に走る激痛がそれをさせなかった。
思わず顔をしかめる。
!……、痛っ…
身体中を流れる血液が妙に熱くて。
相変わらず痛む脇腹に手を当てると、ぬるりとした感触。
腕をぎしぎしと軋ませながら掌を自分の目の前に持ってくると、あの空に負けないくらいの鮮血がべっとりと付いていた。
刹那、霞む視界。
──……。
力なく腕をぱたりと降ろし、大きく息を吐く。
自分の意識が遠のいていくのがなんとなく分かった。
思い出すのはあたしの身体を槍で貫く、武装した天人の姿。
一瞬の隙をつかれ攻撃された。反撃しようにもそれが致命傷だったらしく、刀を振れぬままぐにゃりと傾く世界。
そこから先の記憶がないのは、ショックで気を失っていたからだろう。
あたしは自分の生命力の強さに苦笑いした。
…は、あたしって、すごく…ない……?
誰にともなく呟く。
さっきまで煮えたぎるように熱かった血が、今は凍るように冷たくなっていた。
ゆっくり目を閉じ、もう一度、大きく息を吐く。
もう……疲れた…
ああ、あたしは、このまま死ぬんだ。
そう、目を閉じようとした時、耳元で聞き覚えのある声がした。
「──…っ、おい!しっかりしろ!おいっ!!」
その声にハッとしたあたしは手放そうとしていた意識を戻し、うっすらと目を開けて声の主を探す。
その人はあたしを、今にも泣きそうに歪んだ顔で見下ろしていた。
ひじ、かた…ふくちょ…?
呼び慣れたその名前。
その人はこくりと頷くと、すっかり冷たくなってしまったあたしの手を暖めるように握った。
「…良かった、生きてた、のか……」
ぎゅっと、痛いくらいに手を握られる。
あたしは何も言わず何もせず、ただ黙って彼を見つめていた。
「…すまねぇ、お前を……お前を守ってやれなかった…」
フワリと、煙草のほろ苦い独特の臭いが鼻をかすめる。
…ふくちょ、う
精一杯唇を動かしてみたけれどあたしの声はちっとも出てこなかった。
喉の奥が掠れて、空気だけが漏れる音だけが辺りに響く。
でも彼はもう何も言うな、と、あたしの壊れそうな身体をそっと抱き締めた。
ああ、だめですよ、副長
隊服が汚れてしまうじゃない、ですか
あたしは彼を退けようともがいてみた。全身を走る激痛に思わず顔をしかめる。
だけど、彼ははあたしのことを引き離すのを止めない。
耳元で荒い呼吸が聞こえるけれど、果たしてそれは本当に耳元でするのか分からなかった。
目の前が白に染まっていく。それはまるで眠りに落ちる感覚と同じ、で。
あたしは夢と現実、その狭間で安心した。
と
ぽつり、震えた声がした
「…死ぬな、頼むから……死ぬんじゃねェ」
その言葉に
こころがギュッと押し潰される気がした。
ああ
こんな副長、見たことないや。
いつもと全然違うじゃん
いつもはもっと…怖くて、強くて、怒ってて、無表情で。
早く、早く総悟に報告しなきゃ、退もきっとビックリするだろうな
だって
副長、ないてるんだもん。
そんなの
こえ、でわかるよ
あたし
あなたのとなりにずっといたから
なんでないてるの?
あたしがしぬから?
さよならは、いや?
「なァ、……頼む、から…」
そうやって彼はうわ言のように同じ台詞を繰り返す。
その文字の羅列がだんだんと音になりいつしか心地よい音楽に聞こえてきた。
これは死んでいく人達への手向け歌なんだろうか
それすらもよく分からないけど、
あたしは死にながらそのメロディを口ずさむ。
やがて音楽はあたしたちを離れてひとつの意思を持った個体に変化して、あたしたちを包むように鳴り出した。
ころん、ころんと
まるでこの状況に合わない、楽しそうなうた
貴方にも、聞こえてる?
さようなら旧世紀
夜が訪れる、橙で滲んだ世界に、響き渡るその音楽をふたりで聴いた。
そっと目を伏せて呼吸をしたら
ぷつり、と何かが切れた。
ああ
このまま貴方の体温に溺れるのも悪くない。
【song by:AKINO“創聖のアクエリオン”
昔書いてたものを加筆修正。よく分かんない終わり方…orz】