幸せな時なんて、そう長くは続かない。
ある日、仕事のお礼に現れた去り際に依頼主がこんなことを言った。
「街じゃ聖があやしの類を飼ってるって噂で持ちきりですけど、そんなことないですよね?」
一瞬驚いて固まってしまったが、平静を装った。
「いいえ、誰がそんなこと」
「いや、悪い噂ってやつでしょう。営業妨害ですかね。そんなの飼ってるやつがこんなに人気の退治屋になるわけないっての」
依頼主は笑いながら去っていった。
「まずい」
聖、白蓮ほど妖怪と人間の確執を知らぬ者はいなかった。ちゃんと隠していたつもりだったが、どこから漏れたのだろうか。そう白蓮は思っていた。
「私は姿をちゃんと隠していましたよ」
村紗はしっかり否定した。白蓮も村紗がそんなヘマを犯すはずはないとわかっていた。村紗は優秀だった。
陰陽師がいた時代にはきっと許されたのだろう。しかし、乱れた今の世界ならば妖怪は疎まれても仕方ないのだ。白蓮は少し様子見をすることにした。
しかし、街での噂は全体に広まり、排斥を唱える者まで現れた。それに拍車をかけたのは新しい噂だった。聖はあやかしである、というものだ。それには証人がついているようだった。間違いなくあやしの術を使った、と。
「村紗、貴女は逃げなさい。ナズーリンも」
「え、それでは聖が」
「大丈夫、私がなんとかする」
白蓮は村紗と、知らぬ間に居ついたネズミの妖怪、ナズーリンを逃がして自分だけで問題解決を図ることにした。信仰を利用して、だ。
「聖、お気をつけて。必ずまた会いましょう」
「ええ、必ず」
村紗は心配そうな顔で去っていった。
白蓮は寺にいる妖怪、寅丸星(とらまるしょう)に会いに向かおうとした。しかし、排斥運動は一層激化し、白蓮の住居は取り囲まれていた。排斥派が焼き打ちを狙ってきたのだ。
「村紗たちは逃げたわね…よかった」
おそらく、夜の闇に紛れて飛んでいったのだろう。白蓮は安堵した。
「偽りの聖は出ていけ!」
「待って」
白蓮は排斥派の前に立った。
「私があやかしだという証はあるんでしょうか」
「証人がいる」
「あやしの術を使った、という話でしょう。それは古の陰陽術ですよ。それはいけませんか?」
白蓮は反論したが、
「嘘だ」
と言う者が現れた。
漆黒の髪で、幼さの残る顔立ちの男に見える人だった。
「私にも陰陽術の心得はあるが、あのようなものはありえない」
彼が言っているのが何を指しているかはわからないが、彼がどうやら証人のようだった。
「く…」
白蓮は言葉に詰まった。確かに、彼女は陰陽術を使ったわけではない。彼女にしか使えない秘術の類だ。
「そら見ろ。捕まえろ!」
四方からたいまつを持った男が迫る。窮した白蓮は少し飛び、逃げた。
「あれこそあやしの術だ。自ら示した!」
排斥派は後を追っていった。
白蓮は星のいる寺へ助けを求めた。星とは親交が深かった。ちなみに、星は人々には「毘沙門天の使い」として認識されている。
「星、星から何とか言って。私はあやかしなんかじゃない。ただの退治屋だって」
「…」
星は答えない。考えている様子だった。瞑想のようにも見えた。ドタドタと足音が白蓮には聞こえた。排斥派が追いついたのだ。
「ねえ、星…」
星は突然口を開いた。冷ややかな表情だった。
「貴女は自分で何とかすべきだった。私は、そう私は…」
御堂の扉が全て開いた。星は哀れむような笑みを浮かべた。
「まだ、毘沙門天の使いでいたいのですよ」
排斥派が雪崩れ込む。白蓮を捕らえる。白蓮は気を失わされた。薄れゆく意識の中、白蓮は星の言葉を反芻しながら星の無事を願った。
気が付くと、縛られたまま本物の術師に囲まれていた。
「己の罪を呪うのだな。あやしに手を貸す、その罪を」
「私は…人は彼らとわかりあえる、そう思う。いつか必ず」
「そうかな…あやしなど撲滅してくれる。さあ、早くやれ」
リーダー格が指示すると、一斉に呪文のような言葉を唱え始める。白蓮は封印されるようだった。
(私の描いた理想は…叶わなかったというの)
異世界に飛ばされながら白蓮は思った。彼女の描いた理想、人と妖怪の共存はもう叶えられるはずもない。すべては淡く優しい幻想であった。
(ああ…南無三)
白蓮は封印された。遠くで漆黒の髪の幼く見える異形は笑った。
白蓮は暗闇にいた。
「私は…」
死を意識したはずが、闇にいることに戸惑った。
「ここは法界、永久に闇渦巻く世界。苦しいはずだよ」
どこからか声が聞こえた。聞いたことがあるとはわかった。
「誰…?」
その声は笑った。
「貴女を地獄に落とした者、と言えばわかるかな」
白蓮の脳裏に証人らしき人の顔が浮かんだ。
「貴女も妖怪だったというの」
「そう…貴女を妬んだ妖怪。封獣(ほうじゅう)ぬえ。貴女にはわからないわ。妖怪の苦しみなんて」
「だから私を?」
「まあ、面白くなかったからね。貴女の日々を壊したかったから。地獄の苦しみだよここは」
またぬえは笑った。笑い続けた。暗闇によく響いた。白蓮は…返す気力もなかった。彼女の言葉がよく効いた。
彼女自身わかっていた。しかし、守ることしかできなかった。それを悔いた。意識をたゆたわせながら、白蓮はただ一心に妖怪たちへの行いを悔い、人間のあり方を呪った。排斥しかできない、そのあり方を。
星が悔い、村紗らと白蓮の救出を図るのはその後の話。
<了>