「お前等昨日はご苦労さま。よく寝たか?んじゃ起きて早々悪ぃが次の部隊に行ってくれ。後がつかえるからな」
「ほらちゃっちゃと行った行った!今回可の印誰も取ってねぇ事は覚えとくからな!次来た時はせめて一人ぐらいは期待しといてやるぜ!」
「「おっふ……」」
早朝から叩き起こされ朝食を掻き込むように食べ身支度を急かされ、集められたかと思えば追い出されるように肆番隊から出て行かされた。
朝からの無体な処遇に加え初日の傷も癒えていないガタガタの身体を動かし自分達が次に向かう部隊へと歩いて行ったのだった。
『俺達次は参番隊だったよな?参番隊……あぁ、あの変な女のとこか……』
「参番隊……!クロユリ様のとこだ!やった!癒やしだ!」
「美女は目の保養だ……!へへ……多少辛くてもクロユリ様の顔が見れるのなら頑張れる……!」
「美女揃いの参番隊!最高だ!」
「何アレ気持ち悪……」
「男ってほんと……馬鹿……」
美女だ美女だと盛り上がる男隊士に女隊士達は冷ややかな視線を送る。
オポムリアと言うと初日のクロユリの絡みを思い出しげんなりとした表情を浮かべるのだった。
『アイツ絶対に変な修行内容考えてるだろ……』
「いやいや!お前クロユリ様がそんな事考えてるわけ無いだろ!」
「そうだそうだ!クロユリ様はお前と違って女性の色気があって魅力的な美女なんだぞ!」
『あ?魅力的な美女が人の乳揉むのかよ?』
「お前何言ってんだ??」
『お前こそ何言ってんだ』
お互いに不思議そうな顔をしていると、向かいから別の班がやって来るのが見えた。
挨拶をしようとしたその瞬間、オポムリア側の班員全員が固まった。
「「「………………」」」
「「(何だこのお通夜ムード……!)」」
自分達よりも更にボロボロで、ふらふらと歩く集団はまるでゾンビ映画のワンシーンであった。
六芒星の形をしている暁部隊、別の部隊に行くには一度中央に戻らなけばならない。
そしてやって来た側は弐番隊へ続く通路……特攻部隊の修行はそれ程までに厳しいのか、と全員がゾッとしたのだった。
『何だお前等顔が死にかけてんぞ』
「うるせぇ……どうせお前等も通る道なんだろ…………。これだけは忠告しておく………………死ぬなよ」
「おい!?それ忠告なのか!?」
隊士の一人がツッコむも、ゾンビ集団はのろのろと歩いて行くのだった。
「な、何があったんだよ弐番隊で……!」
「新兵間での修行内容の暴露は禁止……されているから内容は分からないけどヤベー事が起きる事はこの数秒で充分分かった……!!」
『俺達弐番隊での修行は最終日だったよな?何が起きるんだろうな……楽しみだな』
「おっ前マジでよく言えるよなこの戦闘馬鹿!」
『あぁ!?誰が馬鹿だ!』
「もう良いから早く行こうぜ……」
ちょっとした喧嘩も挟みつつ、オポムリア達は参番隊部隊へと到着した。
イダテン同様に怒鳴られながら中に案内される……かと思いきや、新兵達の不安は他所に門の前に来た瞬間女性達の甘い声が響いた。
「きゃあ!新兵ちゃん達来たわよ〜!」
「やだみんな初々しくて可愛い!ほらこっちこっち!始まるわよ!」
「向こうでクロユリ様とリンドウ様がお待ちよ〜♪」
『…………はぁ?』
ここはそういう店か何かか?
そう疑問に思う程、女性隊士達は新兵達を囲み手を取り奥へと案内する。
オポムリアにも一人の女性隊士が腕を絡ませ「行きましょう」と妖艶に微笑む。
既に男新兵達はデレデレと鼻の下を伸ばしながら連れられて行き、女新兵は戸惑いながらもその後に続いていった。
肆番隊と違い廊下には花や装飾品で綺羅びやかに飾られており、すれ違う隊士もほぼ女性であった。
微かに香る甘い香りは所々に置いてある瓶から漂っている。
部隊の造りは同じだが装飾によってこれまで違うのか、とオポムリアは思いながら歩く。
そして大広間に通され、そこにはクロユリとリンドウがいた。
「あら、いらっしゃい新兵ちゃん達。今日は参番隊での修行頑張ってね」
ニコリと微笑むクロユリに男新兵達は見惚れ顔を赤くしていた。
いや、男新兵だけではなく女性達もその美しさに魅入っていた。
それ程までに、クロユリという女性は美しかったのだ。
しかし、それが通じないのがオポムリアであり……そんな事よりもさっさと修行内容を話せと睨んでいた。
「やだ、怖い顔しないでよオポムリアちゃん。睨まなくてもちゃんと説明するわよ。それに……もう修行は"始まってる"もの……」
『あ?』
「修行の説明はアタイがする!いいか新兵達!この参番隊ではお前等にある枷を付けてもらいながら奥の部屋へ進んでもらう!勿論まだ進むだけじゃない!途中途中現れる隊士達の攻撃を避けながら進むんだぞ!」
「そして私がいるお部屋に到着した新兵ちゃんは可の印をあげちゃうわ。どう?ルールは理解できたかしら?」
『また可の印かよ……つまり奥に進みゃ良いんだな?一応聞くがここでの合格印の基準はいったい……』
何なんだ、と聞こうとしたその時であった。
突如新兵達が苦しみだしたのであった。
それはオポムリアも同じであり、異様な吐き気に目眩、ガクリと今にも倒れそうな苦痛がいきなり現れたのだった。
自分の刀を杖にしたり壁にもたれ掛かるようにしてなんとか意識を保つ新兵達を、周りの参番隊隊士はくすくす、と楽しそうに笑っていた。
「あら、もう効果を発揮したのね」
『テメェ……何しやがった……!』
「だから言ったじゃない?もう修行は始まってるって……ここに来る途中の甘い良い匂いは皆嗅いだかしら?ふふ……参番隊は薬品の開発にも携わってるの、知ってるわよね?それに薬品には"毒"も含まれてるのよ。だからね……お香の中に毒を仕込んで、貴方達には毒を盛らせてもらったわ」
にっこりと微笑むクロユリの発言に、新兵達は言葉を失った。
自分達に起きている異常事態に毒というワード、この美女は自分達を殺す気か!?と焦りだすも暴れ出す元気を奪われているせいか冷や汗を垂らすしかできなかったのだった。
「やぁねぇ、心配しなくてもかなり薄めた毒よ?気分が悪くなるだけで死にはしないわよ。あ、ちなみに私の部下達はこの程度の毒はもう体が慣れてるから効きはしないわ。ふふ……大丈夫よ……貴方達もいずれは慣れてくるから……」
「戦場ではいつ毒を使う敵に相対するか分らないからな!異常事態でもいかに戦えるか、また毒の耐性を少しでもつけるようここで修行していけ!」
『っ……やっぱなんか仕込んでやがったかクソアマ……!』
「んふふ……良いわねその目……ゾクゾクしちゃうわ……♪大丈夫よオポムリアちゃん、ちゃぁんと解毒薬は用意してるわ」
クロユリは恍惚の笑みを浮かべながら自身の唇に指を這わす。
つけている紅が指に移り、それを新兵達に見えるように指を出した。
「その毒の解毒薬はココ。私の紅に含まれてるわ。だ・か・ら……新兵ちゃん達は私を見つけたらココに口付けしてね♪」
待ってるわ、と最後に微笑むとクロユリは奥へと消えて行った。
きっとこの修行内容は男新兵達は大声を張り上げる程興奮するものだろうが……毒に侵されているこの状態ではルールを理解するのに精一杯であった。
「新兵達のみ抜刀を許されるがあんまり無駄に動くと毒の巡りは早くなるからな!いかに手順良く動く事が試される!倒れて意識の無くなった新兵はその場で今回の修行は即不合格となる!では始めるぞ!いざ!尋常に勝負!開始!」
リンドウの言葉と共に周りの隊士達は消え、大広間の襖が開いた。
新兵達はそちらに目線をやり、ふらふらとしながら歩き出すのであった。
『(クソ……ハンデ背負いながらの戦闘……実戦じゃ長期に渡りゃ大いに有り得るケースだ……。しかし普通新兵に毒盛るか!?いくら死にゃしねぇ毒だからって気を抜けば気絶しちまいそうだ……しかもただ奥に進むだけじゃないって途中にここの隊士が攻撃仕掛けてくるのは予想してたが……もう一つ予想が当たった)』
「な、何だこれ……!」
「襖が分かれてる……!」
大広間から修行場の襖を開くと、そこから更に襖が何枚かあり道が分かれていた。
左右と正面に別れる道は、開けてみると似たようにまた分かれており新兵達の混乱を招いた。
オポムリアのもう一つの予想とは、この道が迷路のようになっているという事であった。
『ただ奥に進みながら戦えば良いって簡単な訳無いだろ。覚えながら進めっつー事だ』
「そんな……迷ったら終わりだ……!」
「その間に毒が回っても終わりだ……!」
『だぁーから言っただろ、ロクな修行内容考えてねぇだろって』
オポムリアは襖を見てどれにするか悩んだあと、正面の襖を開き奥へと進んで行った。
それを止めようとするが、オポムリアは知らないとばかりに歩みを止めることはなかった。
『進まなきゃ始まらねぇだろ。それに……こんな事言いたかねぇがどうせココでも初日に可の印すら取らせる気はねぇんだ。とりあえず初日は修行内容と修行場の把握をする事に重点当てたほうが気が楽だろ』
そう言うオポムリアに一理ある、と妙に納得し他の新兵達もそれぞれ動き出したのだった。
「ふふふ……さぁ新兵ちゃん達……待ってるわよ……さぁて、何人来れるかしら?」
───…。
『………………』
「此処何処だ……?何処もかしこも似たような場所で分からねぇ……!お前分かって進んでんのか!?」
『うるせぇな、吐きそうなんだから話しかけんな。つーか人の後ついてくるんだったら自分で決めた道進めよな』
オポムリアの鋭い物言いにウッ、と言葉を詰らせた男新兵。
平静を装っているものの、オポムリアも毒に侵されなんとか前に進み地形を覚えるのに必死なのであった。
『(時計もねぇ室内だから今何時かもわからねぇ……毒で倒れた奴等は片っ端から運ばれてるし……そもそとあの変態女は何処にいるんだ。部屋の最奥にいるなんて一言も言ってねぇからもしかしたら変な場所にいる可能性も……)』
「なぁに考え事?何考えてるのかしら?」
『!』
「えいっ♪」
『っ!』
「わ゛っ!?」
天井から突如現れた女性隊士は何かをオポムリア達に吹き付けてきた。
咄嗟にそれを避けたのはオポムリアのみであり、後ろにいた他の新兵達は甘い香りのするソレを見事に喰らい、直後白目を剥いて倒れてしまったのだった。
「あらあら♪寝ちゃったわ♪可愛い♪」
よしよし、と女隊士は倒れた新兵の頭を撫でるとハナムスビを呼び脱落者を集める部屋へと運び出した。
クロユリの用意した罠のもう一つはこれだった。
説明のあった通り途中に現れる参番隊隊士達の攻撃は物理的な物もあったが、時折こうやって新たな毒を仕込んできたり今ある毒の巡りを早まらせる効果のある物を新兵達に浴びせたりするのであった。
こうやってバタバタと脱落者をどんどん生み出していき、最初こそすれ違う仲間は居たものの、今はほんの数名出会うかもしくは襖の閉じる音が遠くから聞こえてくるのみだった。
『ったく油断も隙もねぇ……』
「いやでもあれは羨ましい……かもしれない」
『あ?お前あんな香水くせぇ女にガキみてぇにあやされンのが趣味なんか、キモいな』
「うるっっせぇな!普通男の夢だろ!?美女によしよしされたくねぇ男は居ねぇんだよ!」
『俺男じゃねーからよく分かんねーけど、男が誰しもお前みたいな思想してたら俺はあのクソモヤシとクソワニとマスターを斬り殺すわ』
「ちょっとあんた等話しながら歩いてると見つかる……きゃ!?」
「は〜いまた一人脱落〜♪脱落部屋も溜まってきたわねぇ……貴女、お姉さんの部屋でイ・イ・コ・トしない?」
にこにことしながら現れた女隊士に倒れた新兵は連れて行かれた。
女隊士の怪しい一言に男新兵はまたもや羨ましそうな目線を投げていた。
「くそ……俺もせめて倒れるなら美女に介抱されたいっ!」
『倒れるなら一人でやってろ』
もう付き合ってられねぇとオポムリアは次の襖を開け進んで行った。
それを慌てて追いかけようとする新兵に
声がかかった。
「ねぇそこの可愛いボク……お姉さんと一緒に遊ばない?」
「もうフラフラじゃない、こっちに来たら?」
「今だったらあたし達が優しく介抱してあげるわよ?」
奥の襖から盛れる甘い誘惑の声。
数名いるようだが、どれも魅惑的な声色であり新兵を誘い込むように囁かれる。
そしてちらりと開いた襖からさらなる甘美で蕩けるような香りが嗅覚センサーに届き……毒に侵されフラフラな体の新兵にとって、そこは楽園への扉であった。
「う、うおぉぉぉっ!!行きます!是非とも行かせてもらいますっ!」
そして欲に負けた新兵がその扉を開いた瞬間、現れたのは美女、美女、美女……
では無く……。
「あらぁんやだぁっ!予想以上に可愛い坊やじゃなぁいっ!」
「ちょっとぉ!あたしが先に目をつけたのよぉ!」
「いいじゃない三人で可愛がっちゃえばぁ」
そこにいたのは艶やかな着物に綺羅びやかな化粧と装飾品を身にまとった、筋骨隆々の男が居た。
新兵に対し嬉しそうにウインクや投げキッスをするそのアンバランスは混乱を招き入れるしか無かった。
体をクネらせながら誘惑する男共を見て新兵は身の危険を感じ冷や汗を滝のように流し、恐怖という恐怖が全身に針のように刺さり、ゾッとした悪寒が一瞬にして走った。
「あらヤダ酷い顔色っ。クロユリ様ったら薄めた毒って言ったのにぃ」
「あたし達の紅にも解毒薬混ぜてくれたら良かったのにぃ」
「そしたら坊やの唇、お姉さん達が奪っちゃうのにねぇ〜」
「う…………うわ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛っ!!!!!!」
後にこの時の新兵は「地獄を見た」と語ったそうな。
───…。
「そこまで!午前の部で大分やられたな……情けないぞ新兵!ではこれから休憩とする!残った新兵は解毒薬を飲み休憩を取った後再度大広間に集まるように!時間厳守だからな!」
『チ゛ッ』
肆番隊の修行同様周りは死屍累々といった様子であった。
オポムリアも毒で倒れはしなかったものの、結局クロユリを探せず悔しい思いをしたまま休憩に入るのだった。
一度毒はリセットするよう小さな小瓶を残った新兵に配るハナムスビ。
それを受け取ろうとする前に、オポムリアの手には解毒薬の小瓶が渡されていた。
「今回は無茶はしていないようですね」
『カザハナ』
「オポムリアさんは丈夫なので毒は大丈夫かと思ったのですがやはり心配で……さぁ早く解毒薬飲んでくださいね」
『おー、サンキューな』
「あとこちらはオポムリアさんの分の昼食です。今お茶を用意しますから待っててくださいね」
『そこまで世話焼かなくていい』
「午後も修行なのですから、休める時に休まないといけませんよ?」
またもやオポムリアの前に現れたカザハナ。
その目はオポムリアしか移っておらずまるで恋する乙女の様……。
男新兵達はまたもや血の涙を流し二人の様子を見ていたそうな。
それと同時にもしやこの場面は他の部隊に行くたびに見るのでは?そうなると最悪あと三階は見なくてはならないのか?という考えが浮かび……実質修行よりも精神面に悪影響を及ぼす、と男のプライドを無自覚にズタズタに切り裂いていたのだった。
『?何か休憩時間なのにすげぇ殺気だな……何なんだこの殺気は』
しかし相手はあのオポムリア。
言いたい事は山程あるが力で勝てる訳がない、これも含めて更に深い傷を男新兵達に与えていることを、オポムリアは知らない。
───…。
『お゛ぇぇぇっ』
汚い嗚咽がオポムリアから上がる。
いや、この場に関してはオポムリア以外の新兵達からも穢らわしい音が上がっていた。
「あらあら、初回だから仕方ないわよね〜。みんなお疲れ様、これで今回の参番隊の修行は終わりよ。解毒薬飲んだらみんな休んでね♪」
にっこりと微笑むクロユリはまるで聖母のよう……と思うものは今やこの場には誰もいなかった。
こんな修行内容考えたトンデモ変態、最初オポムリアが言ったようなイメージが植え付けられたのだった。
最早解毒薬を飲む気力のない残った新兵達にハナムスビが口の中に解毒薬を注ぎ込んでいく。
オポムリアにはすかさずカザハナが近づこうとしたその時だった。
「オポムリアちゃんは可愛いから私が直接解毒薬ア・ゲ・ル♪」
『いらねぇ止めろ触るな変態』
オポムリアの肩を抱き唇を近づけるクロユリに色々な悲鳴が上がった。
「クロユリ様!!止めてくださいそんな奴にふしだらな!!礼儀も知らない無作法者の子鼠なんかに!!」
『おいテメェ今すげぇ失礼なこと言っただろ殺すぞ!』
「ククククロユリ様!!オポムリアさんには私が飲ませますので!!」
『一人で飲めるわクソが!!』
「あら遠慮しなくていいのよオポムリアちゃん♪口吸いするぐらいただの挨拶じゃないのよぉ〜」
オポムリアに顔を寄せようとするクロユリ。
近づこうとするクロユリを引き剥がそうとするリンドウ。
鬼のような形相で必死に顔を背けるオポムリア。
オポムリアをクロユリから守ろうとオポムリアを引っ張るカザハナ。
周りからしたら何とも奇妙な光景であった。
なんとかその騒動が収まり、各々夕飯と風呂を済ませ就寝準備をし始めていた。
するとそこにリンドウが現れた。
「お前達今日はご苦労。明日は伍番隊での修行だったな。全員毒は抜けているな?体調が優れない者が居たら早めに報告するんだぞ」
言い方や表情はぶっきらぼうだったが気にかけている内容は優しく、わざわざ確認しに来てくれた事に新兵達は泣きそうになるぐらい関心してしまった。
今まで聖母聖母と称えていたクロユリの本性を知った今、厳しく生真面目なイメージのリンドウの新たな一面を知り新兵達は気持ちが和らいだような気がした。
「?何も無いなら早く休め。いいな、朝になったらしっかり起きるんだぞ!」
そういい去っていくリンドウ。
しかしその後カラン、と物が落ちる音がし、リンドウが落とした何かをオポムリアは拾ってしまったのだ。
それは小さなペンダントであった。
楕円形の金属が重なっており、どうやら開けられるみたいだが中身に興味が無い、とオポムリアは開けずに届ける事にした。
正直届けるのが面倒であったが見ていたのに無視をするのもなぁ、仕方ねぇ、と独り言を言いリンドウが去った方向へと歩いていく。
『しかしアクセサリーとかアイツも付けるんだな。ペンダントとか首に絡まったらどうすんだよ……って、俺が言うのも嫌がるか』
広い屋敷内を歩き、道に迷いそうになるが何とか勘を頼りに歩くと、とある部屋からブツブツと何かを呟く声が聞こえた。
内容は聞こえなかったが、その声はリンドウであった。
「……ま…………も…………いい……!……も……か…………つ…………に……!」
『おい』
「わにゃあああっ!!!???」
『!』
いきなり背後から声をかけたのがいけなかったのか、リンドウは体全体を震わせ今まで聞いたことの無いような悲鳴を上げて持っていた数枚の紙を落としてしまった。
『おい、何か落としたぞ』
「ええい見るな見るな!!アタイのモンに触わんなぁぁぁぁ!!」
『うるせぇな夜だぞ』
慌てて落とした紙を拾うリンドウだが、オポムリアの足元に落ちた一枚は拾いきれず、リンドウの慌てぶりに呆れながらもオポムリアはそれを拾った。
紙……というかそれは写真であった。
なんの写真だ?とつい見てしまったが、そこに写っていたのは無表情で剣を持つ男……が遠くから写してある写真だった。
『あ?コイツは』
「コイツ!?お前ほんと無礼者だな!!このお方は暁部隊弐番隊隊長のツクヨミ様だぞ!?お前よりも強くて賢くて気高くて戦闘経験もセンスもお前とは桁違いのお方だ!それをコイツ呼ばわりとは許せん!!いいか!?ツクヨミ様は毎朝誰よりも早く起きて鍛錬をして更に後輩の指導も行い時には同じで隊長クラスとも対戦を行い己を磨く事に手抜きはしない!だからこそあの強さと実績がある!誰もがみな憧れる素晴らしいお方だ!口下手でちょっと天然な所があるという可愛らしい一面もあるがそれもまた皆から好かれる一因だろう!どうあれお前がコイツなんて気安く呼んではならんお方であり崇め称えるべき存在で」
『お前コイツ好きなんか』
ベラべラと饒舌に話すリンドウの言葉をバッツリ遮り、オポムリアはリンドウの瞳を見ながらそう言った。
暫しの沈黙の後、リンドウは赤い顔を更に赤くさせ、千切れんばかりに首を振った。
「ちちちち違う違う違う違うっ!!何を戯けた事を言うか!私がツクヨミ様を!?冗談はその巫山戯た態度だけにしろ大馬鹿者が!アタイなんかがツクヨミ様に恋情を抱くだけでも失礼に値する!アタイは好きなんかじゃなくてただの憧れだ!ツクヨミ様の事をそう想うのはアタイじゃなくても皆同様……」
『分かった分かったから大声で叫ぶな耳がいてぇ。ほら、お前のだろこれ。わざわざ届けてやったんだから感謝しろ』
オポムリアは片手で片耳を抑えながらリンドウの落とし物を写真と共に返した。
それを見ると少し落ち着いたのか、リンドウはトーンダウンしそれを受け取った。
「…………すまない、少し取り乱した。届け物感謝する」
『おー。じゃあな』
目標達成したオポムリアは寝室に戻ろうとする。
しかし、リンドウに声をかけられ足を止めた。
『あ?んだよ言われなくてもお前がアイツ好きなのは言いふらしたりしねぇよ』
「違う!……お前に少し聞きたい事がある」
『なんだよ』
「お前は……何故そうも、強さを求める」
『!』
リンドウの言葉はどこかで聞いた事のあるものだった。
誰に聞かれたのかははっきり思い出せないが、その問いかけにオポムリアは黙った。
「あ……いや、すまない。単純に疑問だったんだ。お前はあのコード008部隊に居るんだろ?そこでも充分な修行をしてもらえるだろうに、そんな奴が何故ウチに来たのか……しかも途中編入だなんて異例中の異例だしな」
『……ウチの阿呆師匠がここの出身みてぇでな、俺の剣の腕を鍛えるならここが良いって言われて来ただけだ。強さを求める理由か……そうだな…………まぁ色々あるが強けりゃ強い程勝てる相手は居るだろ。そのために鍛える事は悪い事じゃねぇと思ってな』
「なんだか随分ふんわりした理由だな……しかし鍛える事は確かに悪い事じゃない。……あと礼儀がなってないからそれと教えてもらうためか?」
『お前も大分失礼だな』
冗談だ、と笑うリンドウにオポムリアは苛々しながらも戻っていった。
その背を見送るリンドウは、返してもらったペンダントの中身を見た後、夜に浮かぶ月を見上げた。
「アタイもいつかは……強くなってみせる」
そう呟くとリンドウも自室に戻って行く。
夜の冷たい風が吹き抜け、その呟きもいつかは闇に溶けていくのであった。