生存確認
 モズ氷(dcst)
 2021/2/17 03:24

今日の釣果はゼロだ。そもそも集まった魚に上物がいなかった。やっぱり他人が幹事の合コンなんて行くもんじゃない。餌はそこそこ極上だったと思うけど、何でこうなったんだか。
何の飾り気もない白い丸皿に適当にぶちまけられた、コンビニで買ったナッツを摘まんでは齧りながら、ストロング缶を呷る。気の進まない合コンの席で高い酒を飲むよりは、気の置けない相手との家飲みで適当な酒を流し込む方が遥かに進む。目の前の男も、俺と同じでそれなりに酒豪だ。かなりのペースで空き缶を量産しても、会話がぐだる事はない。

「何であんなブサイクばっか集めたの」

気を遣う様な相手じゃない。訊きたかった事を訊く事も躊躇わない。くっついた生ハム同士を器用に箸ではがしてる氷月が、俺を見る。綺麗にはがされて箸からぶら下がる生ハムがゆらゆら揺れた。

「何で、とは?」
「氷月が集めたって言うから行ったのにさ。あんまりでしょ、アレ」
「…ブサイクという程でもないでしょう」
「だって氷月に群がる女って聞いたら美人ばっかだって思うじゃん。ほむらちゃんとか」
「ほむら君はそういうのじゃないです。やめて下さいと何度言えば」
「ほむらちゃんじゃなくてもさぁ…」

珍しいと思ったけど、氷月が幹事だっていうから、俺は行ったんだ。氷月の周りには美人が集まる。氷月の顔がいいから。
それなのに、いざ集められた女達はお世辞にも美人じゃないのばっかだった。化粧でそれなりに作ってはいたけど、素の顔がそんなに整ってないのくらい解る。そりゃブサイクじゃないのかも知れないけど俺は美人が良かった。ヤってる最中汗と涙で顔ドロドロになって来て、気付いたら目の大きさ半分になってたりしたら萎えるじゃん? そういう事するならやっぱり素で美人じゃないと。

「………」
「モズ君?」

ふわふわの茶髪、バサバサの睫毛、くりくりした大きな瞳、つやつやの唇。好みの顔ってのはそりゃある。狭い肩幅、大きな胸、括れたウエスト、肉感のある脚。触りたいと思う体だって。それら全てを網羅した、好みドンピシャの女の子を抱いた事は少なくない。
俺が望めば、そういう子を抱くのは難しくない。今夜はそのつもりだったんだ。それなのに結果俺は、大して美人のいない合コンに無駄に時間を使って、今は男の家で宅飲みしてる。目の前のこいつが、俺の時間を無駄にした。
いくらこいつが綺麗な顔してるからって。釣果がこいつとか、何の冗談だよ。

「…ねぇ、氷月」

腹が立った。期待外れの合コンを企画したこいつに。こいつなら美人集めるだろうなって、勝手に期待した自分に。百戦錬磨の筈の俺が、反省会みたいに男と二次会してるって事実に。
その怒りの矛先を自分に向ける事は出来なかったから、目の前のこいつに向けた。俺の苛立ちを少しは解れよって。それだけ。


「えっちしよ」


男となんて冗談じゃないけど、こいつが綺麗な顔してるから、冗談でなら言えた。俺もこいつも、酒豪とはいえ少しは酔ってる。酒の席の冗談だ。堅物な様でいてノリが悪くはない氷月だ、本気に捉えはしないだろうしドン引きされる事もないだろう。現に冷静な顔でビールを飲んでる。
相変わらず生ハムをちまちま弄ってた手を取ったら箸が止まって、皿の上でカチャリと軽い音を立てる。缶に隠れた口許はそのままに、細い目が俺を横目に見ては、少し緩んだのが解った。

「合コン失敗して反省会で男友達とやっちゃうとか、」
「いいですよ」

そんな自棄糞展開ねーよな、と続く筈だった言葉は、氷月の軽い声に遮られた。緩んだ目は相変わらず俺を見てる。口許から離れた缶は空になったみたいで、床を転がってもビールは溢れてない。
箸を手離した右手が、手首を捕まえてた俺の手を逆に握る。俺のストロング缶にはまだ中身が残ってて、それが冬仕様の毛足の長いラグに染みていく目の前の光景を見るともなく見ながら、背中に感じる体温を単純にあったかいと思った。
くだやり、だっけ。流石武道やってるだけあって、体捌きに淀みがない。…なんて、くだやりとやらに組みや寝技があるかどうかも知らないけど。
耳に吹き込まれた息で、氷月の顔が口が、すぐ近くにあるのが解った。その息が随分と熱いのは、酒の所為だろうか。


「セックスしましょう、モズ君」


あつい。声を吹き込まれた耳も、直ぐ近くに氷月を感じる頬も。
俺が言ったのと同じ意味の言葉なのに、何でこんなに。

「…マジ?」

大マジです、と囁いた声が、脳天を刺激する。
ラグの染みはひとつじゃ済まないなと、この時直感した。

c o m m e n t (0)



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