Judas Kiss

2021/7/2 (Fri) 02:51


ゲ千

「あ゛?」
ドラッグストアで買った検査薬をまじまじと見る。
説明書を読み返し、検査手順も、結果も問題ないことを確認すると項垂れた。
「うそだろ…」
そこには陽性を示す二本線がくっきりと浮き上がっていた。

オレとゲンは大人のかんけーってやつ、いわゆるセフレだった。
酒が入ったときに盛り上がってしまってからは合理的だろうと、ずるずるとこんな関係が続いてしまったというわけだ。

いつからかは覚えていないが、気づいた時にはオレはゲンに非合理的な感情を抱いていた。
あいつが甘い顔で微笑むだけで心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど鼓動を打った。
赤くなってるであろう顔を隠そうとふい、と反らしすとあいつは決まって甘い微笑みを更に深くして「可愛い」と言うのだった。
知ってる。あいつはただ、女子は可愛がるものであり、オレが特別なのではないということは。
でも全くもってオレの頭は合理的に考えてくれず、恋愛脳に侵食されていったのだった。

ゲンは恐らくオレがそんな状態になってる事は夢にも思っていない筈だ。
交際を申し込まれたわけでも、甘い言葉を掛けられることもなかったから、ただ隣にいる後腐れのない女を選んだだけだ。
オレはそこに漬け込んで疑似恋愛を楽しんでいるのだ。

駄目だ、あまりの事態に思考をとばしている場合ではない。
今の現状を整理して一番合理的な対処法を考えなくては。
常ならば、あらゆるパターンを解析して自分にとっての最適解を弾き出しているのに、今回はあの白黒がちらついて纏まらない。

思えばこれは世間にバレれば立派なスキャンダルになるよな。
妊娠していることが知られたらこれからの芸能活動の邪魔になるじゃねーか。

ゲンは復興してからテレビ業界に復帰し、3700年前と同じようにマジシャンとして活躍するようになり、売れっ子の芸能人サマに返り咲いていた。
あいつは蝙蝠男を自称しているが本当は責任感のある男だ。
きっと二人の子供を妊娠しただなんて知ったら、責任を取って結婚するだなんて話になる。

縛りたいと思っているわけではないのだ。
寧ろ復興まではドイヒー作業をさせながら、あのよく回る口を大いに利用させてもらっていたのだから、これからはできる限り自由に生きてほしいと思っていたのに。
それをオレの我が儘で、復興してからも理由を付けては隣にいて、あまつさえこんな関係を強いていたのだ。

ふと、水滴が手のひらに落ちていることに気づく。
嗚呼、これだから恋愛脳は嫌だったんだ。
胸の奥に仕舞い込もうとして、最後までコントロールできなかったもの。
こんな不条理なものさえなければ、これからも隣に居させてくれたのだろうか?
…いや、今はifの話はいらない。

これは自分で解決するしかないのだ。
涙をぐいと拭い、決断した。
オレはこの腹の子と二人で生きていく。

「初めからこんな頼りねー母親でわりーけど、よろしくな」

小さな命がいる辺りを撫でた。

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