でてくるひとたち
柔らかい夜に溶けて
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つづき。
◇
2月なのに、春の夜の匂いがした。真夜中、しんとして聞こえるのは遠くの高速道路を走る車の音だけ。外にいても寒くない夜だった。
よのもとくんの腕の中で、じっとしていた。自分がそっと吐く息がその空間を少しだけ温かくする。突然抱きすくめられても、別に驚かなかった自分に改めて驚く。隣を歩くだけ、一緒に座っているだけで心臓がどくどく耳元でうるさかった頃が懐かしくって、もうその感覚をどこかに落としてきてしまったことに寂しくなった。
よのもとくんの腕がふっと緩んだ隙に、少しだけ顔を上げて、よのもとくんのことを見上げる。「何?」って、声を出さずに口を動かさずに、目と口もとだけでたずねる。馬鹿みたいな答えが返ってこないことを祈りつつ。
答えは返ってこなかった。
代わりに、よのもとくんは口の端でちょっとだけ笑って、わたしに、
キスする。
下からすくわれるようなキス、ああ、よのもとくんのキスだなって思い出す。ああ、これはよのもとくんのキス。懐かしい。
それは長かったのか、短かったのかそれもわからないくらいに、ただひたすら懐かしさだけで満ちてゆく。唇が離れる瞬間に、息を吸い込むと、寒くないのに、かすかに肺が震えた。口もとが緩むのをうつむいて隠す。
ねえ、何?
よのもとくんの言葉を待った。やっぱりわたしから沈黙を破るのは気が進まなくて。言いたいことは山ほどあった。くだらないことも、結構な本心も、訊きたいことも、昔のことも、今のことも、これからのことも。でもね、我慢する。
そのまま突っ立っていると、よのもとくんがこつこつと車を叩いて、「乗って」とだけ言った。
助手席側に回って、乗り込む。よのもとくんは反対のドアから乗り込むなり、わたしの右手を捕まえた。
車に乗り込むと、外にいたときよりも無防備さが少し減った気がして、口を開いてみる。
「何?どうしたん?」
できるだけ、何気なく訊く。
よのもとくんは長い間黙っていた。もう返事は返ってこないんじゃないかと思ったくらい。それくらいの沈黙ののち、よのもとくんが口を開いた。
「今日さ」
「うん?」
「いや、なんもない、んで、俺のこと好き?」
「ん?…え?なんで?」
あっけにとられて訊き返すと、よのもとくんが笑いだす。それにつられてわたしも笑いだす。2人して、久しぶりにこれでもかってくらい笑った。夜中の思考回路の闇は深い、と思う。
ひとしきり笑ってから、黙って、よのもとくんにわたしからキスした。深い意味なんてないよ。よのもとくんの腕がわたしの背中にまわるのを感じる。よのもとくんの髪に指を通す。ずっとこうしていたい。眠い脳が溶けてゆく。
唇を離すと、そのままよのもとくんの首元に顔をうずめる。あったかい。眠たい。
「すき」
囁く。なんとなく、言っても大丈夫な気がした。もうどうせ、よのもとくんは知っているから。もう昔ほど溺れるような好きじゃないから。夜中の戯言って片付けられる気もするから。なんとなく言いたくなったから。知らない。
よのもとくんは満足そうに笑う?
顔を上げて確かめる気にはなれない。
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